リストカットは生きるための手段。


 例によってTwitterに書いたことをまとめておきます。

 リストカットとか、痛くてとてもできない、と普通の方はまあ思われるだろうし、まともなときはぼくもそう思うのですが、あれ、そんなに痛くないんですよ。というか痛みを感じない。たぶん「乖離」というやつなんでしょうけれど、平気でざくざく身体を切れてしまう。ぼくの場合は包丁使っていました。

 専門的にはどうかわからないけれど、カミソリとかで薄く切るひとたちはまた違うグループなんじゃないかな、という気もする。原因はぼくの場合は自罰感情が大きいですね。ぼくに言わせればリストカットは非常に合理的な暴力行為です。

 ものすごくいらいらするけれど、何もかも自分が悪いのだから周囲にあたるのは間違えている、ということで、感情の矛先が自分へ向かう。たぶんぼくは平均よりずっと感情的な人間で、そうしないと感情を制御できないんだと思う。現に自傷したあとはたいていすっきりするものがある。

 家庭内暴力とか、ぼくにはものすごく非合理的に思える。自分の責任をひとに押し付けるなよと。だからといって、一切感情を発散しなければ、これはもう感情が爆発して死ぬしかなくなる。「リストカットは死ぬためではなく生きるための手段」といういい方がよくされるけれど、非常に腑に落ちる話である。

 ぼくは気が弱いので自殺はしないと思う。ただまあ、この先、親が亡くなると、だいぶ身が軽くなって何やらかすかわからないということはある。家族と友人がいるからこそ生きていけるのであって、自分のためにやりたいことというのはあんまりない。

 リストカットで病院にかつぎこまれたときも、自分のつもりでは自殺未遂というわけじゃなかった。が、かなり深く切ったので、あれで死んでいた可能性もゼロじゃないかもな、といま思うと怖い。自分では冷静なつもりでも正常じゃない状態だったんだろうな、といまは思う。

 横に切るのはまだいいけれど、縦に切るのはほんとにやばい、とだれだったかにいわれた。ほんとかどうか知らないけれど。なるべく横に切るようにしましょう。やらないことがいちばんですが。

 リスカとかアムカは傷跡がのこるからね。ほんとにやめといたほうがいいとは思うよ。ぼくの手首の傷痕も、たぶん一生消えない。ぼくは男だからまあいいけど。

 全部自分が悪いというのもある種の認知の歪みで、自責幻想というものなんだろうなあ。冷静なときはそれもわかるんだけれど。

 まあ、たぶんもうリスカはしないと思います。痛いもの。冷静なときは、ほんと、なんであんな痛いことができたんだろうと思うんですよねー。

 ぼくは本当はとても感情的で暴力的な人間なんだろうと思う。それを抑制して生きているストレスが時々自分に向けて爆発する。他者に向けて爆発していたら犯罪者になっていただろう。が、ぼくの場合、それはない。全部自分へしか向かわない。

 まあリストカットについては、病気といえば病気だし、性格といえば性格なんだろうと思う。趣味といえば趣味だしな。たぶんもうやらないけれど。

 今日は辛気くさい話ばかりしてすいません。病気自慢は今回限りとします。