小説執筆はひとに褒められないと続かない。


 Twitterに書いたら反響が大きかったのでこっちにも書いておこう。「小説執筆はひとに褒められないと続かない。」という話です。

 よく小説投稿サイトなどを見ると、「感想をください」と書いてあるのを見かけますよね。で、皆、表面上は一応、「何でもいいから感想をください」というのだけれど、「何でもいい」というのはやっぱり嘘で、本心では「褒めてくれ!」と思っているんですよね。たぶん(笑)。

 一見するとそれは非常に偏った自己愛の表出に見えるし、じっさいそういう側面もあると思います。でも、それだけじゃないはず。

 というのも、小説って、客観的な指標が全く存在しない世界なんです。スポーツや将棋のような勝負ごとだったら勝ったり負けたりするたびに実力をはっきり思い知らされるし、数字の形で記録が出ることもある。

 それはとても残酷ではあるけれど、一方では成長がはっきり形になってわかるということでもある。でも、小説執筆にはそういうものが一切ない。あるとすれば、他人の評価! これしかありえない。だから、いま自分がどのレベルにいるのか、進歩しているのか退歩しているのか、非常に見いだしづらいし、他人の評価に踊らされることになりがち。

 ひとは「いま成長している」という実感さえあれば努力できる生きものだと思うんですよね。逆にいうと成長しているという実感なしに努力を続けることはむずかしい。だから小説を書くひとは多くが「褒めてほしい」と思うのです。でも、そんなの、ストレートにいえないから「感想をほしい」といいかえる。

 たぶん「小説執筆力スカウター」みたいなものがあって、はっきり数字にして能力がわかるなら、だれもひとの評価に踊らされなくなるでしょう。そんなものより確固たる評価があるわけですからね。でも、現実はそうじゃない。

 だから皆さん、「褒めてほしい」と思っている小説書きを責めないでください。もちろん、書くことそのものに大きな歓びを感じていくらでも書き続けられるひともいるだろうけれど、そういう一部のひとのほかは、大変な作業のわりにひとに褒めてもらうことくらいしかやる気をひきだす手段がない行為なのです。小説を書くということは。