『魔法使いの夜』で考えるクリエイターとユーザーの距離。

魔法使いの夜 初回版 (Amazon.co.jpオリジナル特典ポストカード付)

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 TYPE-MOONから『魔法使いの夜』が発売された。ぼくは時間がなくてまだプレイできずにいるのだが(『シュタインズ・ゲート』で忙しいのだ)、おおむね好評であるものの、「肩透かし」との声も少なくないようだ。

 というのも、『魔法使いの夜』はプレイ時間が十数時間という短さであるらしいのである。前作『Fate/stay night』と比べると遥かに短く終わってしまうことになるわけで、内容がどれほど洗練されているしても、これでは物足りないという人がいて当然だろう。

 じっさい、体験版でもわかる凝りに凝った演出は好評なようであるが、何ぶん、ボリュームが足りないということなのだと思う。『Fate』が三本ものそれぞれ異なるシナリオから構成される大容量の作品であっただけに、このような不満は当然のものといえるかもしれない。

 また、音声が付いていないこと、十八禁でないことなども、ユーザーの肩透かし感の原因となっているようである。また、この作品が世に出るまでに何度も発売延期を繰り返していることも、その理由であるだろう。

 これらの不満を、TYPE-MOONは予想できなかったのであろうか。まさか、そんなことはないだろう。おそらく予想した上で、「しかし、これで良し」としたのだと思う。クリエイターとユーザーの間に、意識のズレが生じているのかもしれない。

 『魔法使いの夜』は、たしかにこれまでにないクオリティの作品であるように見える。しかしそれは、いわばオーバークオリティというものなのかな、とも思う。ユーザーとしては、必ずしもそこまでのクオリティを求めていないのではないか。

 否、むろん、クオリティは高ければ高いほど良いに決まっている。しかし、そのために発売日がのび、また容量が削られるくらいなら、一定のクオリティで大容量のものを出してほしかった、と望む人も少なくない気もする。

 しかし、クリエイター側はあくまでクオリティにこだわった。ここで、ぼくはたとえば萩原一至BASTARD!!』などを思い出してしまう。『BASTARD!!』は当初、数ヶ月に一度のペースで刊行されていたが、そのうち作者が絵のクオリティに非常なこだわりを見せるようになり、数年に一度出るかどうか、というところまでペースが落ちた。

 しかし、多くの読者は作者がこだわる絵のクオリティにはそれほど興味が無いので、そこはクオリティダウンしていいからもっと発刊ペースを早めてほしいと考えているように見える(少なくとも、ぼくはそう考えている)。

 三浦建太郎ベルセルク』についても同じことがいえるだろう。作者のこだわりが、必ずしも読者の希望と合致していないケースである。

 そもそも、どんなジャンルであれ、ユーザーはクオリティの高さそのものに金を払っているわけではない。あくまでクオリティの高さから生まれるカタルシスに払っているのである。

 したがって、ある表現がどんなにクオリティが高くても、ビジネスとして成功するとは限らない。そのクオリティが、ユーザーの欲望と合致した場合のみ、それはビジネスとなるのである。

 だから、エンターテインメントを、ビジネスを志向するクリエイターは、自分の生み出す作品がユーザーの欲望とズレていないか常にチェックする必要がある。

 何も考えず自然にしていてそれらが合致しているようなら、それはある種の楽園、蜜月状態といえるであろう。TYPE-MOONでいえば、『月姫』の時などはこの状態に近かったかもしれない。しかし、普通はそれらはどこかでズレていくものなのである。

 蜜月の幸福感が強ければ強いほど、それがズレた場合は失望感が強くなる。多くのクリエイターがこうしてユーザーに見放されていった。しかし、だからといってユーザーの欲望に媚びるだけでは、退屈な作品に仕上がることは間違いない。

 まして奈須きのこのようなある種、天才肌のクリエイターであれば、ユーザーへのサービスに徹することが最善とは限らない。かくして、ここに、非常にむずかしいバランスの問題が生じる。

 ユーザーに歩み寄りすぎれば退屈となり、ユーザーから離れすぎれば失望される。あらゆるエンターテインメントクリエイターはこの問題と向き合い、適切な距離を探しながら活動しているといえる。

 『魔法使いの夜』の場合は、TYPE-MOONのこだわりはいささかユーザーの欲望と合致しない方向に進んだ、といえるであろうか。しかし、だからこそユーザーに媚びるばかりの凡庸な作品群とは異なる真に「とんがった」作品ができあがったといえるかもしれない。

 とにかくプレイしてみないことにはわからない。時間を見つけて、そのうちやってみよう。だれかぼくに時間をくれっ。



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おとなおたく

   



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