すべての批判に向き合うべきだろうか?


 「Something Orange」はもうすぐ1000万ヒットに達します。どんなに遅くてもあと3ヶ月かかるということはないでしょう。現時点で990万ヒットを超えているわけですから。

 いまどき1000万なんてめずらしくもないよとか、カウンターによって数字の意味は全然違ってくるよといった考えも頭に浮かぶのですが、やはり嬉しい。長年やってきたことのひとつの成果だとは思います。

 ひとは書いたからにはだれかに読んでもらいたい、叶うならよりたくさんのひとに、と思うものなので、アクセスが増えることを嫌がるブロガーは、いないことはないとしても少数派だと思います。

 とはいえ、じっさいには「負のアクセス」とでもいうべきものがあることも事実。読者数が増えるだけならただ炎上しているだけでも増える。できれば良質の読者を増やしたい、それでもって賞賛してもらいたい。それが多くのブロガーの本音でしょう。レベルの低い悪口ばかり集まったらうんざりするのはだれしも同じなのではないかと。

 だれもが賞賛されたい、肯定されたいのです。その意味では「ひとりの賞賛は一万アクセスに優る」といっても、まんざら嘘ではない。

 よくいわれることですが、ただアクセスが集まっただけではブロガーは幸せにはなれません。普段アクセス数が少ないブログを運営しているブロガーは、アクセスが増えればどんなに良いだろうと思うかもしれないけれど、ただの数字の上下は何ともむなしいものです。

 それは10万ヒット、100万ヒットであろうと何ら変わらない。すべてブロガーが等しく求めているものは「読まれている実感」なのですが、一定数を超えると数字はその欲望を充たしてくれなくなるのですね。

 そこで、多くのブロガーがむなしい、ばかばかしいと思うようになり、ブログを放棄することになる。いわば「ブロガー燃えつき症候群」です。

 ブログでなくてもそうなのですが、ひとはなかなかご褒美なしに働きつづけることはできません。ブロガーがバーンアウトするのは「読まれている実感」というご褒美を持てないからです。しかし、「読まれている実感」はあっても、誹謗中傷ばかりではやはりうんざりしてしまう。

 ようするにブロガーが延々と書き続けるためには何かしら認めてもらうことがどうしても必要なのです! その意味ではてなスターなどは(導入当初は非難轟々だった記憶がありますが)ブロガーのモチベーションにプラスに働いているといえるでしょう。

 すべての批判に向きあう必要は必ずしもない、と書いたら、何か歪んだ印象を受けるひとが多いかもしれません。いや、きちんと痛い意見も耳に入れるべきだ、とか、批判にきちんと向きあうべきだ、といった意見はいまだに正論として受け取られているからです。

 しかし、ネットが限りなく拡大した現在、「あらゆる批判には正面から向きあうべき」という思想には一定の限界が見えている、というのがぼくの考えです。そもそもどこのだれともわからないひとの大量の批判を精査なしに向き合っているとひとはしばしばバーンアウトします。

 ある程度は批判をかわすテクニックを身につけていないと、ネットでは苦しむだけになりかねない。ネット時代と前ネット時代では「批判」という言葉の意味が変わっていると思うのですよ。

 プレネット時代には、寄せられる批判ひとつひとつにいちいち対応していくことが可能だったし、それが美徳とされていた。しかし、ネット時代においてはそれは限りなく困難です。

 たしかにネット全盛のいまにおいてもあいかわらず「おれの批判に答えろ」「答えないのは逃げだ」といった意見があることは事実です。でも、それはほとんどわがままに近いこともあって、ネット時代では、場合によっては数百数千と寄せられる意見にいちいち答えられるはずがありません。

 いや、それでも批判に耳をふさぐべきではない、という意見はあるでしょうし、もちろんそれは正しいとは思います。ただ「あらゆる」批判を正面から受け止めるべきだというのはやはり無理がある。そんなことをしていたら、まず最も誠実な人からバーンアウトすることになるでしょう。

 だから、ぼくはだれかを批判するときも、べつだん応答を求めはしません(相手が自分で答えるといった場合はべつですが)。ネットとは、その意味では全く無関係の人間を同じ議論の場に引きずり出すためのツール「ではない」とぼくは考えます。

 ま、「おれの批判に答えられないから逃げるんだろう」と勝手に勝利宣言するひとは世の中に絶えませんが、それはもう仕方ないのかな、と。そもそも、勝敗でしか物事を考えられない発想は貧困というべきでしょう。というわけで、ぼくがあなたの批判に対し沈黙したとしても、どうかご容赦願いたいところです。


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おとなおたく

   



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 ――と、この記事を書いたあとに思ったんだけれど、この話の次は「それでは、どうやって受け取る意見のクオリティを精査するか」ってことになるんだろうな、と。

 ひとは自分に甘い生きものであるわけで、放っておいたら重要な批判に対しても耳をふさいでしまう。だからといって全部の意見を等しく受け入れていたらバーンアウトしてしまう。いかにして意見の品質を見極めるか。

 とりあえずぼくはメールでもらった意見は熟読していますけれど、はてなブックマークのコメントについてはほぼ無視しています。そこがぼくの引いたラインであるわけです。で、まあ、このラインは当然、ひとそれぞれではあるんでしょうね。

 ひとは自分に甘いから「自分の意見が受け入れられないのは相手にそれだけのキャパがないからだ」とか考えちゃうものだけれど、じっさいには必ずしもそうではない。いろいろなケースが考えられる話ではあるんでしょうね。

 オチなし。