それでもかれらは認めない。――南京事件否定論者にどう対処するべきか。


 名古屋市河村たかし市長による南京事件否定発言が話題となっている。河村氏によると、かれの父親が南京市で友好的な歓待を受けたことから、南京事件などなかったのではないか、と考えるようになったのだという。

 そこで、mixiなんかを見ると「そうだそうだ、南京虐殺なんてなかったんだ」という頭の痛い意見が頻出しているのだが、南京事件は歴史的な事実である。これは政治的に左翼だとか右翼だとかいう次元の問題ではなく、客観的事実として歴史学的に認められているのである。

 政府も認めているし、裁判所も認めている。教科書にも歴史事典にも記述がある。史実を重視する視点で見れば、南京事件を含めた日本軍の残虐行為は動かしがたい事実なのだ。しかし、この事実を否定派は決して認めない。いくら証拠を目の前に突きつけても否定する。

 いうまでもない、どうしても認めたくないという心理があるからだ。かれらの頭のなかでは日本軍は神聖な目的のために力戦勇戦、獅子奮迅の戦いをしたのであり、決して中国人を虐殺したり強姦したり略奪したりはしなかったのである。

 もちろん日本軍の残虐行為を示す証拠はすべて中国の捏造である、証人はウソつきである、ということになる。ここにあるものは心理学でいう「否認」の心理だ。ひとはどうしても認めたくないものを見せつけられた時、事実を認めないことによって自分を守る。「何もかもウソだ!」と叫んで、明白な現実から目を逸らすのである。

 これはべつに南京事件に限った話ではない。萩尾望都の名作『残酷な神が支配する』ではある印象的な「否認」の場面がある。ジェルミ少年が父グレッグによって強姦されていたことをイアンが否認する場面だ。

残酷な神が支配する (1) (小学館文庫)

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 初め、イアンはジェルミがグレッグを殺したのではないかと疑ってかれを追い詰めるのだが、ジェルミがグレッグによる性的虐待を告白すると一転、「すべてはジェルミの妄想だ」「性的虐待などなかったのだ」と考えるようになっていく。

 そして、イアンは虐待はあったのではないかと思うもうひとりの自分を箱のなかに閉じ込めて忘れ去ってしまう。しかし、やがて動かしがたい証拠が出てきて現実と直面せざるを得なくなっていく。

 この場合、イアンは良心的でそれなりに勇気のある人物だったから証拠を受け入れることができたのだが、より頑迷な否認者の場合、どんなにリアルな証拠を持ちだされても否認を続ける。南京事件否定論者たちがまさにそうだ。

 かれらはひとりひとりがイアンと同じ欺瞞を犯しているが、イアンのように事実を認める勇気は持てずにいるのである。それでは、いったいかれらにどう対処すれば良いのか。証拠を掲載した本を勧めれば良いのか。かれらの欺瞞を論破すれば良いのか。

 あえていおう。そういったすべての行為は無駄である。そもそもほとんどの場合、かれらをどうにかすることは不可能なのだ。証拠や論理によってかれらの意見を変えることはできない。

 かれらにはそもそも論理展開を理解する能力がないし(ないからトンデモに飛びつく)、証拠は捏造だと言いはる。かれらは事実を「否認」し続けることによって自己の安定を保っているので、もし事実を認めたらかれらの世界は砕けてしまうだろう。

 だから、今後とも南京事件否定論はなくならないし、特にネットでは一大勢力を保ち続けることだろう。これはむろん、ヨーロッパのホロコースト否定論でも同じことである。かつてナチスを生んだドイツでは、この種の言説により厳しく対処しているようだが、それでもアウシュヴィッツ否定論者はなくならない。

 何万という証人がいるにもかかわらず、「ユダヤ人はウソつきだから信用ならない」と否定する。そして、かれらにとってより都合のいい世界に浸るのである。

 いわゆる歴史修正主義者ほど幸福な人間もいないだろう。かれらには都合の悪い事実は存在しない。それらはすべてウソか捏造であって、かれらの幸福な妄想の世界では、善良で温和な日本人は決して残虐行為を働いたりはしないのである。

 その幸福な妄想を崩そうとする者は、すべて反日左翼か中共の手先である。幸いなるかな、妄想深き人。かれらは楽園の住人である。なんぴともその楽園を崩すことはできないのだ。

 ただ、その妄想に付き合わされるほうはたまったものではないわけで、何とかしたいところではある。それには、結局、妄想にはまり込む前に教育することが必要であろう。ま、それも「反日学校教育」呼ばわりされてあとから否定される運命なのだが――。

 どうも悲観的な結論になったようだ。わたしたちには現実否認者という無敵の人びとを倒す武器はないのだ。かれらの世界では相対性理論は間違えているし、人類は月には行っていない。

 むろん、南京事件を認める立場のひとでも「否認」の心理に陥ることはある。良くも悪くも人間とはそうした生きものなのである。信じやすきを信じるもの。自分にとって不快な真実を受け入れられるひとは、そうはいない。

 注意せよ。あなたがトンデモの深淵を覗き込む時、トンデモもまたあなたを見ているのだから。


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