有料メルマガQ&Aとサンプル。


 メールマガジン有料版に関する疑問点などをQ&Aの形にまとめてみました。

Q1.有料版は無料版とどこが違いますか?

A1.まず、量が一通原稿用紙50〜60枚にまで一気に増えます。それから、無料版は週一で始めて次第に刊行ペースを落としていく予定ですが、週一で出続けます(毎週水曜日発行の予定です)。内容もバラエティに富んだものを企画しています。

Q2.ひと月315円って高くありませんか?

Q2.限界まで安くしたつもりなのですが……。まぐまぐ!に登録されている他のメールマガジンと比較してみてください。このメルマガの安さがわかります。ちなみに月4、5通発行されるため、一通78円程度ということになると思います。

Q3.「Something Orange」は今後どうなりますか?

A3.メルマガのほうに労力を割くため、当然、更新は減っていくでしょう。有料メルマガに登録すればいままでの「Something Orange」以上の内容を週一で入手することができます。

Q4.無料で読めるのはいつまでですか?

Q5.いま登録すれば、3月末日まで無料で読めます(ただし、メルマガの創刊は3月7日です)。それ以降は月315円が請求されることになります。

Q5.クレジットカードの登録が不安なのですが……。

A5.まぐまぐ!は歴史あるサービスであり、信頼が置けると思います。

Q6.メールアドレスが流出する、あるいは悪用される危険はありませんか?

A6.まぐまぐ!の規定上、ぼくのほうでは登録されたメールアドレスはわからないので、流出、悪用の心配はありません。

 登録は以下のページからどうぞ。なお、このページでは1配信あたり315円と記されていますが、これは未創刊だからであり、実際にはこの4分の1から5分の1の価格になります。また、このページに置かれているサンプルより以下のサンプルのほうが分量的にも多く、本発行号に近いものになります。

http://www.mag2.com/m/0001419251.html

 掲載コンテンツとしては、

・挨拶
・今月の特集
・連載コラム「海燕の遊々自適」
・連載コラム「思い出の作品たち」
・過去記事掘り起こし
・ブックレビュー
・マンガレビュー
・アニメレビュー
・ゲームプレイ日記
・今週の漫画雑誌
・雑談コーナー
・今週のツイート
・情報クリップ
・メール返信コーナー
・これがオススメネット小説だ!
・あとがき

 などを考えています。

 以下は、サンプルです。本発行号とほぼ同等の分量がありますが、内容的には本発行号はさらに洗練される予定です。

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□□□ 『オトナオタク有料版 vol.0』
□□□ by海燕
□□□ 2012年1月29日発刊

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目次

・挨拶「メールマガジン創刊の辞。」
・連載コラム思い出の名作たち「川原泉笑う大天使』の思い出。」
・週刊ブックレビュー「有川浩シアター!』の愉楽。」
・週刊マンガレビュー「週刊漫画レビュー「宮原るり恋愛ラボ』がおもしろい!」
・突発アニメレビュー「『ペルソナ4』の仲良し空間」
・ゲームプレイ日記「『ゼノブレイド』を旅する(1)」
・掘り出し記事一番「清少納言はと抜き言葉に怒っていた。」
・今週の漫画雑誌「『HUNTER×HUNTER』が傑出!」
・今週のツイート「ラノベタイトルと「この国語り」。」
・あとがき「感謝を込めて。」

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◇◆◇挨拶「メールマガジン創刊の辞。」◇◆◇

 さてさて、そういうわけで(何が?)、メールマガジン『オトナオタク』有料版、サンプル号をお送りします。

 このサンプル号はあくまでサンプルであるわけであり、じっさいに皆様のメールボックスに届くことはないのですが、それでも力を入れて書いたつもりです。ご笑覧いただければ幸いです。

 まあ、あれですね、練習は本番のように、本番は練習のように、という格言がありますが、あんな感じですね。

 実際問題、この号を気に入ってもらえなければ続く号を読んでもらえない可能性は高いわけで、手を抜いたら自分のところに返ってくることになる理屈です。

 もちろん、初挑戦の企画の第一弾ではあるので、色々とこなれていないところはあるでしょうが、それでもそれなりの出来には仕上がっているのではないかと。仕上がっているといいな、と思いますね。ちなみに分量的には次号以降の6割程度になっているはずです。

 ところで、このメールマガジンを創刊するにあたって、タイトルを「オトナオタク」としたわけですが、これは何を意味しているのでしょう。実のところ、ぼくにもはっきりしたことはいえません(←おい)。

 ひとついえるのは、ぼくも33歳になり、いいかげん子供ではいられない自分を感じているということです。いくらなんでも、少しはオトナにならないと体裁が悪い。

 しかしそれでは、オトナとは何なのか。これは日本の思想家が真剣に考えるべき問題でしょうが、とりあえずまっとうなオトナはオタク趣味とは縁が薄そうな印象があります。

 オタク趣味とはどこか子供じみた娯楽であり、アダルトなイメージとは程遠いホビーである、という感覚がある。しかし、いまやオタク文化は成熟し、爛熟し、たくさんの成人向け作品を生み出すに至っています。

 そろそろ、「オトナ」と「オタク」を両立させるライフスタイルを見出してもいいのではないか。そんな思いから、この「オトナオタク」を創刊することにいたしました。

 月間わずか300円(!)を払っていただければ、毎週一通ずつ、月四通のメールをお届けさせていただきます。

 一通の分量を原稿用紙にして50〜60枚程度と考えていますから、一ヶ月ではその4、5倍の情報を300円で入手できることになります。

 常識的に考えて格安の価格といってもいいでしょう。嘘だと思うひとはほかのメールマガジンを見てください。いまどき300円あっても大したものは買えませんからね。お買い得ですよ? ぜひご購入くださいませませ。

 ――と、こういう戯言はいくらでも続けられるのですが、これくらいにしておきましょう。では、本文をお楽しみください。願わくは、続く号をご購入いただけることを。

 『オトナオタク』サンプル号、お楽しみください。

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◇◆◇ブックレビュー「「有川浩シアター!』の愉楽。」◇◆◇

 それではサンプル号、最初のレビューをお送りする。有料版最初のレビューに取り上げる作品として、何を選ぶべきか迷ったが、有川浩の『シアター!』を紹介することに決めた。

 深い理由はないが、有料版第一弾にふさわしい作品であることは疑わない。とてもおもしろい小説である。有川浩は『塩の街』で第12回電撃ゲーム小説大賞を受賞してデビューした。

 同賞はいわゆるライトノベルに属する賞であるが、有川は第二作目『空の中』で早々にライトノベルを脱却、ハードカバー路線へと進む。

 そして、続く『図書館戦争』四部作でベストセラー作家に成り上がる。きわめて早い「出世」を遂げた作家といってもいいだろう。その作品はそれにふさわしい魅力に充ちている。

 その作風の特徴は、現世志向、ないし現実志向とでも言い表せるだろうか。登場人物が非常に地に足の着いた考え方をする点にある、と個人的には考える。

 有川の主人公たちにとって重要なのは恋愛であり、金銭であり、仕事であり、ありとあらゆる現世的な価値である。彼女の描くキャラクターたちは決して現実離れした夢想の方向へと進まない。どこまでも地に足を着けたまま、俗世の価値観を追求していくのである。

 こう書くといかにも俗物的な人物が浮かぶかもしれないが、ぼくが言うのはそういう意味ではない。ただ、有川のキャラクターたちは夢に溺れないのだ。その意味で、非常にバランスの良いキャラクターたちだといえるだろう。

 本来、有川のそういう作品たちは、ぼくの趣味ではない。ぼくは夢に生き、夢に溺れ、夢に破滅する人びとを主役にした物語を愛してきた。しかし、そういうぼくでも、有川の小説がおもしろいことを否定できない。

 有川の作品はどこまでもエンターテインメントである。ちゃちな文学趣味など、薬にしたいほどもない。本書『シアター!』はその有川が演劇の世界を舞台に描き出した快作だ。

 有川と演劇。一見すると、不似合いな関係にも見える。先述したように有川の本質は現世、現実志向である。夢を追いかける演劇の世界とは相容れないものがあるのではないか。

 そうでない。有川はこれ以上ないほど見事に演劇の世界を描き出していく――お金の側面から。そう、ここでも有川はどこまでも現実的だ。

 彼女はまず破産寸前の劇団を用意し、その甘い運営事情を暴露してゆく。そして、そこから物語を展開してゆくのである。一種の企業再生もの、ということもできるであろう。

 貧乏劇団を運営する弟が、エリートサラリーマンの兄に借金を申し込むところから話は始まる。その額、実に300万円。兄は金を出す代わりに、もし2年以内に返せなかったら劇団を畳め、と命令する。そして、自ら劇団の運営に手を貸してゆくのだ。

 この、わずか2、3行で表せるシンプルなプロットが素晴らしい。ここにおいて芸術志向は無視され、金銭の側面から徹底的に劇団運営の現実が洗い出される。

 そこにはロマンティックな要素は一切ない。ひたすらにシビアに、劇団運営の現実的な困難さが暴きだされてゆくのである。

 企業で日々金を扱っている兄、司は金銭のことにかんしてきわめてシビアでリアリストだ。そして、日々夢のなかに生きている弟は作劇に関しては天才的な才能を有している。

 この凸凹コンビが貧乏劇団を少しずつ再生してゆくなか、次第次第にタイムリミットが近づいてゆき、そしてそれと平行して劇団員ひとりひとりもまた成長してゆく。

 ひたすら「金」にこだわり、その視点から演劇業界を描いて、「あまりに甘すぎる」と一刀両断にするこの物語は、演劇業界に対する告発ともいえるだろう。

 もっと広く取れば、「エンターテインメント」を軽んじ、金勘定を軽んじる出版業界そのものに対する告発だともいえると思う。

 先述したように有川浩ライトノベルの世界から出てきた作家である。ライトノベルがエンターテインメントとしての価値を認められない文芸業界に対する不満がこのような形で爆発した、と見ることもできそうだ。

 それにしても、あまりにドラスティックな改革から〈鉄血宰相〉とあだ名される司は実に良いキャラクターをしている。有川浩にとっても快心の造形だろう。

 この青年は、英雄でも勇者でもない「ただのサラリーマン」であるにもかかわらず、全編通してひたすらかっこいい。司ができの悪い弟に時々ゲンコツをくれながら、経営の何たるかを語るところはちょっと『創竜伝』の竜堂始と終を連想させる。

 このふたりに、声優としてネームバリューが高いヒロインが加わり、物語は時にシリアスに、時にコミカルに進展してゆく。

 夜の幻想の世界に生きているぼくとしては、有川の徹底した合理主義にいいたいことがないでもない。しかし、「金の問題じゃないんだ」などという甘ったれた言葉は、リアリストの〈鉄血宰相〉をこれっぽっちも動かさないだろう。

 たしかに金の問題ではないこともある。しかし、それは金の問題を解決して初めていえることなのではないか。有川は読者ひとりひとりにそう語りかけているように思える。

 そういう有川はやはりライトサイドの作家なのだと思う。むろん、有川の小説に人間的な煩悶がないわけではない。しかし、それはどうしようもないダークサイドに落ちてゆくことなく、健全さを保ったまま解決されるのである。有川の作品はどこまでも明るいのだ。時としてその明るさは傲慢にすら思えるほどだが、魅力的であることは論を俟たない。

 『シアター!』は全3巻完結予定であり、既刊2巻まで上梓されている。第2巻から1年、そろそろ最終巻が出てもいい頃なのだが――ぼくは最終巻の刊行を楽しみに待っているのである。

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◇◆◇週刊漫画レビュー「宮原るり恋愛ラボ』がおもしろい!」◇◆◇

 と、タイトルに書いた通りなのだが、宮原るり恋愛ラボ』がおもしろい。これはもともとペトロニウスさん(http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/)が絶賛していた作品なのだが、さすが慧眼というべきか、素晴らしい出来。

 気楽に読めて楽しく笑える四コマを探している方、リリカルなラブコメディを探している方には文句なしでオススメだ。

 いや、ごめん、リリカルはちょっと嘘だったかもしれない。でも、現代のラブコメとしては抜群におもしろい作品だと思うので、気になる方にはぜひ読んでほしいところ。

 ジャンルとしては、いわゆる「萌え四コマ」に属する作品なのだろう。『らき☆すた』とか『けいおん!』とかのあの系譜。じっさい、第一巻を読むと、その系統の話なのかな、という印象を受ける。

 物語は、とある女子校で、ふたりの主人公が出逢うところから始まる。ひとりは学年主席の頭脳の持ち主である上、生徒会長でもあり、正統派美少女でもあり、という何連コンボをなしとげているかわからない少女、夏緒。もうひとりは名門女子校にふさわしくない粗野な身振りの少女、リコ。

 共学出で、「外部の視点」を持っているリコは、夏緒が姫さま呼ばわりされていることを片腹痛く思っていたが、実は自分は「ワイルドの君」というもっと恥ずかしい異名で呼ばれていたのだった、というところからもう笑わせるのだが、とにかく、このふたりの邂逅からすべては始まる。

 リコは偶然から外見だけ見ているとパーフェクトな美少女にしか見えない夏緒の妄想気質を知ってしまう。そう! 夏緒の正体は男性とは隔絶された学園空間でひたすら夢のような恋を妄想し続ける天然ボケ少女だったのである。

 そうしてリコは夏緒の「師匠」として、恋愛のいろはを教えてゆく立場になる。ところが、実は彼女もまた恋愛初心者なのだった、と話は展開してゆく。

 そこまでの物語で描かれるのは、『らき☆すた』やら『けいおん!』やらでぼくたちが既によく見知った女の子だけの空間であり世界である。ほとんど大人や男性が出てこない世界――少女だけの楽園、ということもできるだろう。

 その楽園で、夏緒たちは、時々事件が起こって妄想趣味がバレそうになることはあるにせよ、基本的には心置きなく妄想に浸ることができる。だが、この作品の特色はそこから先にある。

 つまり、夏緒たちの妄想はやがて「現実」と、つまり「学園の外の世界」とぶつかり合うことになる。学園がどれほど楽園であるにせよ、その外にはさらに広大な世界が広がっているわけであり、当然、そこには男性もいる。

 その世界が描写されているという一点において、この作品は少女だけの無菌の世界を描いた物語群とははっきり異なっている。外の世界の男性たち――それは夏緒が夢見ている素敵な異性、などというものではない、本物の生身の人間である。

 そういう人間と出逢ったとき、夏緒にしろ、リコにしろ、自分のなかの「乙女」を揺るがされ、羞恥に駆られて赤面する。この赤面する姿が非常に可愛い。可愛いんですよ! もう、これが!

 この作品においては、ヤンを初めとする男性陣も女性陣に負けず劣らず魅力的である。夏緒にも負けないほど聡明で有能でありながら、性格に難があるヤンはぼくのお気に入りのキャラクターだ。

 おそらくかれは夏緒の相手役として用意されたキャラクターなのだろうが、夏緒とうまく結ばれるのかどうか――その道程は前途多難である。何しろ、かれが落とさなくてはならないのは、普通の女の子ではない、人並み外れた美貌と能力にもかかわらず、現実と隔絶して生きている不思議少女なのだから。

 それ以前に、ヤンの心が夏緒に惹かれてゆくまでにも、まだまだ時間がかかりそうである。そしてもちろん、夏緒がヤンを好くようになるにも。いまのところ、ふたりの関係は、恋人よりも好敵手に近いそれでしかない。まだまだ物語を楽しめそうだ。

 そういう意味では、実にありがたい。いまどき、これくらいストレートなラブコメディはあまり見つけることができないから(もしあったら教えてほしい)。

 じっさい、萌え四コマという体裁を除いて考えてみるなら、この作品は実は正統派少女漫画といってもいいかもしれない。いまとなっては失われた正統派少女漫画の血脈――それが、こんなところに生きのこっていた、と見ることもできそうである。

 リコにしろ、夏緒にしろ、心は十分に「乙女」であって、そこが可愛い。彼女たちの相手役となる男の子たちは苦労しそうではあるが、仕方ない、存分に苦労してもらうことにしよう。

 果たしてアニメ化するところまで行くかどうかはわからないが、世間的な人気はともかく、ぼくにとって大好きな作品がまたひとつできた、ということはできそうだ。

 世間知らずの夏緒や口先だけのリコが、めでたく運命の(?)恋人と巡り合えるところまで、ぼくは読み続けることをやめないだろう。

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◇◆◇アニメレビュー「『ペルソナ4』の仲良し空間。」◇◆◇

 『ペルソナ4』はわが最愛のテレビゲームである。ファミコンで色々プレイしていた頃から考えてみても、これほど愛しい作品はない。

 その『P4』が映像化されると聴いた時、期待に混ざって若干の不安を抱いた。果たして、あの独創的な世界をそのままに映像に移し替えることができるものだろうか……?

  結論からいうと、不安は無用だった。アニメ版『P4』は原作にも劣らない出来の作品である。たしかに、長大な原作を2クールにまとめているために、多少駆け足になっているという欠点はあるが、それ以外は、原作をうまくアニメーションに落とし込んでいると思う。

 物語は、主人公がある田舎町に転校してくるところから始まる。その町では、まるでかれがやって来るのを待ちかまえていたかのように殺人事件が起こる。

 そして、それと平行して、主人公はテレビのなかに存在する謎の異空間に迷い込み、「ペルソナ」と呼ばれる能力を身につけて「シャドウ」という名の異形たちと戦うことになる。

 果たして「シャドウ」とは何ものなのか? 殺人事件の犯人は誰なのか? 謎が謎を呼ぶなかで、主人公は次第に成長してゆく――。

 原作は『ペルソナ』シリーズの第四作目にあたるが、このシリーズは各作品で独立しているので、それまでのシリーズを知らなくても特に問題なく楽しむことができる。

 少なくともこのアニメ版を楽しむために、以前の作品を知っている必要は全くない。ただ、「ペルソナ」という(ちょっとスタンド能力に似た)異形の能力を受け入れさえすればそれで良い。

 さて、『P4』の魅力といえば、戦闘や、謎解きもそうだが、何といっても主人公たちの楽しい日常生活にある。ある意味では、『P4』もまた「日常系」のアニメである。

 主人公級の登場人物のうち、久慈川りせは(元)アイドルであり、白鐘直斗は探偵であるが、それ以外はごく平凡な少年少女たちだ。そんな少年少女たちが、時に自分自身の心の闇と対決させられながら、楽しく日常を過ごしてゆく、そこにこそ『P4』の魅力がある。

 アニメ版はその点をどう再現しているのか。これがもう、意外なほど見事に再現してのけているのだ。2クールで尺に余裕があるわけでもないはずだが、日常パートに相当の時間を費やしている辺りは「わかっている」と思わせる。

 そうでなくても原作の再現度は高く、Amazonのレビューを見ても、ほとんどのひとが★★★★★か★★★★の高評価を下しているのだ。それくらい『P4』は原作を忠実に再現している。

 しかし、ただ原作をそのままに移植しただけでは、ただそれだけのものだ、という謗りを免れないところであろう。アニメ版『P4』の場合、要所要所に挟まれるオリジナルエピソードが良い味を出している。

 未見の方のため、くわしい説明は省くが、何といっても印象的なのは、主人公の姪っ子にあたる少女菜々子が「魔女探偵ラブリーン」に扮し、「素行調査は弊社にお任せ!」と主人公のあとをつける第13話と、その裏側が語られる第14話だろう。

 原作のいくつかのエピソードをひとまとめにして語っているという意味では、これも完全なオリジナルエピソードとはいえない。しかし、原作には「ラブリーン」はほとんど登場しないので、脚色という以上の演出であるといえる。

 菜々子がコスプレするラブリーンはそれはもう可愛い。可愛いったら可愛い。原作でもそうだったが、並居るヒロインたちが霞んでしまうほど菜々子は魅力的なキャラクターだ。

 あるいは、『P4』の真のヒロインはこの子なのではないだろうか、と思ってしまうほどに(アニメ版では「お兄ちゃんのお嫁さんになる」というセリフは削られると思うけどね……)。

 単純にひとつの物語として見ても、第13話、第14話は出来がいい。ほかのアニメを見ていても、全般的にアニメの脚本技術は進歩している印象を受けるが、それを証明しているといいたいくらいタイトにまとまった二話である。

 ひょっとしたら、あとから『P4A』を振り返るとき、ぼくはこの二話を最高傑作に挙げるかもしれない。特に13話はオリジナルエンディングが用意され(歌うは堀江由衣!)、実に楽しい一話となっている。

 殺伐とした殺人事件に平行してこうした愉快な日常エピソードが続く辺りが『P4』の魅力なのである。もっとも、その「殺伐とした殺人事件」のほうも非常に良く出来ている辺り、この物語は実に隙がない。

 平凡な田舎町を舞台に、次々とひとが殺されてゆく連続殺人事件の――主人公たちは、ほとんど手がかりがないなかで、被害者たちの共通点を探すことで犯人を見つけ出そうとする。

 ある程度ミステリに詳しい人ならば、これが「ミッシングリンク」と呼ばれるジャンルであることに気づくだろう。一見関係がないようにも見える被害者たちをつなぐ失われた輪を探して、主人公たちは現実世界からテレビの世界まで駆け巡るのだ。

 ところが、やっと見つけたと思った「リンク」は間違いであり、犯人も別人であるらしい、ということが続く。何とか解決したと思った事件が逆転、また逆転をくり返すスリリングな展開は実に飽きさせない。それはアニメ版でもそうである。

 アニメ版は原作のゲーム的な部分をほとんどカットしているので、「ため」が足りないという欠点はあるものの、物語のスリルとサスペンスは維持していると思う。

 全体に、とても出来が良いアニメといってもいい。そういうわけで、アニメ『ペルソナ4』、未見の方にはオススメの一作だ。謎が謎を呼ぶ事件の真相、はたしてあなたは見ぬくことができるだろうか――?

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◇◆◇掘り出し記事――「清少納言はと抜き言葉に怒っていた。」◇◆◇

 このコーナーは、ぼくが「Something Orange」に書いた過去の記事を掘り出してきて再利用しようという、手間と労力を省いた企画です。記事といっしょにその当時の思いなども書いていきたいと思います。

 今回取り上げるのは2008年1月9日の記事、「清少納言はと抜き言葉に怒っていた」。この頃は手間をかけた記事を書いていたなあ、としみじみ懐かしむことができる内容となっております。

 なお、ブログでは画像などを用いて説明している箇所があるので、その部分だけ言葉を補充してあります。では、懐かしの文章をどうぞ。


 「世にも美しい日本語入門」。ベストセラー『国家の品格』の著者藤原正彦が、画家安野光雅との対談を収めた一冊。それなりにおもしろい。おもしろいのだが、どうも首をかしげる記述が多すぎる。日本語贔屓が過ぎて、贔屓の引き倒しになってしまっている気がする。

 たとえば、日本語の語彙の豊かさを語った箇所はこう。

 シェークスピアは、四万語を駆使したと言われています。すごいと思うけれど、しかし日本語というのは中学生用の国語辞典を見たって五万語くらい出ています。広辞苑は二十三万語です。

 五百年前の一個人と現代の辞典を比べることにどれほどの意味があるのだろう。比較するならせめて同時代の英語と日本語でなければならないだろう。そもそも語彙が多ければ言葉遣いが豊かだということにはならないし、古の日本語はやたらに「をかし」だの「わろし」で済ませてしまう言語ではなかったか。

 また、藤原は安野の言葉を受けて、欧米の韻文を批判する。

藤原 その通りです。行末に同じ音を置くことでリズムがでます。例えば、red,head,dead,breadなどを文末に配します。欧米人は好むようですが、私には「無理しているなあ」とか、「駄洒落っぽい」と思えることもあります。リズムは確かに出るのですが。

 しかし、文末で韻を踏むのは何も欧米の詩だけではない。藤原が賞賛する漢詩だって原文はそうである。何も日本語を褒めるために外国語を貶すことはないじゃないか。藤原はいう。

 わが国は世界に冠たる文学の国である。全国民がこれに触れ、とりわけ若いうちに触れ、美しい情緒を培い、祖国への深い誇りや自信を得ることは、私の、そして恐らく安野先生の願いでもある。本書がそのための水先案内人となったとしたら幸いである。

 本当にそうなのだろうか。日本語はほかの言語より美しい言語なのか。そして、文学とはその美しい言語を通して祖国への自信をはぐくむような代物なのか。何か違うんじゃないの、とぼくなどは思ってしまう。

 石川九揚は、西洋言語学を批判した著書『日本語とはどういう言語か』のなかで、こう書いている。

 三種類の文字をもつ言語が世界に類例を見ないことからいえば、日本語は非常に特異な言語です。ただしそのことは、先ほどもお話したように、優れたことでも劣ったことでもなく、メリットとデメリットの両方をもたらすことがあると、少し注意深く考えておいたほうがいいと思います。よく「美しい日本語」という言葉を耳にしますが、漢字と平仮名と片仮名の三つの文字が混在して使われるのですから、整合的な美しさに乏しく、一概に「日本語が美しい」とはとてもいえないはずです。

 この意見に賛成する。たくさん文字があれば美しい豊かな言語だというなら、日本語にアルファベットを加えればもっと美しい言語が出来るはずだ。そんな話はない。

 日本語ブームである。それも、やたらに「美しい日本語」と「祖国への誇り」がワンセットで語られる。たとえば、このサイト(http://meisou03.exblog.jp/)では、「日本の弱体化」を救うため、「美しい日本語」を集めている。

 今、日本の弱体化が叫ばれています。有識者の推察によれば、言葉の乱れが大いにこれの原因になっているそうです。
 もっと言えば、外国語、特に英語ではとうてい表現できない「美しい日本語」がどんどん廃れていると思います。日本語ならではの美しい、情緒にあふれた言葉に恵まれたかつての日本民族……。これを単なる懐古主義にとどめず、復活しなければ日本民族の滅亡に拍車がかかる、という危惧にとらわれるのは私のみではないと思います。

 ここにあるものは、日本民族の象徴としての日本語という概念である。しかし、日本語とはそもそも、外国語である漢語を取り込むことによって成立したものではないか。

 この試みは、決して荒唐無稽なものではない。じっさいに、「乱れた日本語」ならぬ「美しい日本語」だけを集めた『美しい日本語の辞典』という本が出版されている。美しい日本語。乱れた日本語。両者は対極の概念に思える。しかし、そもそも、「言葉の乱れ」とは何か。

 この点にかんしては藤原も少しふれているが、言葉は乱れるものであり、昔から乱れつづけているものである。たとえば、川口良と角田文幸『日本語はだれのものか』では、清少納言が「言葉の乱れ」を嘆く言葉を取り上げている。

男も女もよろづの事まさりてわろきもの ことばの文字あやしく使いたることあれ。ただ文字一つに、あやしくも、あてにもいやしくもなるは、いかなることにかあらむ。(中略)なんなき事を言ひて、「その事させんとす」と、「言わんとす」「何とせんとす」と言ふを、「と」文字を失ひて、ただ「言はんずる」「里へ出でんずる」など言へば、やがていとわろし。まして文を書きては、言うべきにもあらず。

 口語訳は面倒なので省略するが、簡単にいうと、「言はんとす」「何とせんとす」などというべきところを、「と」を除いて「言はんずる」「里へ出でんずる」などと云えば、ひどく「わろし」であるという意味だ。ようするに、清少納言はその時代の「と抜き言葉」が気にいらなかったわけだ。

 現代の「ら抜き言葉」とそれに対する反発が、日本語の長い歴史を眺めれば決してめずらしい現象ではないことがわかる。また、清少納言から一千年後の作家兼エッセイストである三島由紀夫はいう。

 私は小説ではない随想の文章に、「僕」と書くことを好みません。「僕」という言葉の日常会話的なぞんざいさと、ことさら若々しさを衒ったような感じは文章の気品を傷(そこな)うからであります。私は「僕」という言葉は公衆のまえで使う言葉とは思いません。それは会話のなかだけで使われる言葉でありましょう。

 しかし、その三島の使う「日常会話的」も、柳田国男にいわせれば、「あさましい」間違えた日本語である。

 今日標準語として余儀なく認められるものの中にも、いたって素性の不明な下品なものが幾らもまじっており、それでいてなおわれわれはいつも形容詞の飢饉を感じているのである。これに対する応急策としては、かの何々的とかいうやつはむしろあさましい鼻元思案であった。(一行の文字数制限を避けるため改行)
 歴史になんの根拠もないのみか、中国の元方においてもそんな風には「的」は使っていない。幸いにして今はまだ年寄りや女子供はこれを顧みず、歌謡文芸にまで取り入れようとするほどの勇敢な者もないからよいようなものの、こんなものが日本の標準語になるようであったら、それこそ大変な話ではあるまいか。

 このように、一千年間も日本語は「乱れ」つづけていて、その時代の識者に不快感をもたらしていたのである。いまさら「言葉の乱れ」を批判してもどうにもならない。それでは、「美しい日本語」なんてものは存在しえないのか。しょせんそれは幻なのか。

 いや、ある、とぼくは思う。正しくは「美しい日本語」はなくても、「美しい日本語の使い方」はある。たとえば、こんな日本語を見ると、ぼくは瞬間的に「美しい」と、狂おしいような感覚を味わうことになる。

 わたくしといふ現象は
 仮定された有機交流電燈の
 ひとつの青い照明です
 (あらゆる透明な幽霊の複合体)
 風景やみんなといつしよに
 せはしくせはしく明滅しながら
 いかにもたしかにともりつづける
 因果交流電燈の
 ひとつの青い照明です
 (ひかりはたもち その電燈は失はれ)

 隴西の李徴は博學才穎、天寶の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかつた。いくばくもなく官を退いた後は、故山、かく略に歸臥し、人と交を絶つて、ひたすら詩作に耽つた。

 宮沢賢治の『春と修羅』と中島敦の『山月記』だ。

 主観の粋をこえるものではないにしろ、ここにはたしかに「美しい日本語」、「美しい文学」があるように思える。しかし、それは、即座に「祖国への誇り」につながっていくような、いうなれば漂白された日本語ではなく、増して「正しい日本語」などではありえない。

 ただ、日本語のもつ可能性を極限まで引き出しているという一点に於いて名文となっているだけである。「美しい日本語」はないが「日本語の美しい使い方」はある、というのはこういう意味だ。

 どんな言葉でも、それなりの歴史と、可能性、メリットとデメリットを秘めている。レゴのブロックのようなものだ。組み立てるものが組み立てれば城砦を築くことも出来るその一方、下手糞が造れば奇怪な建物まがいが出来るばかり。ブロックを取り出して美しいの汚いのといっても意味がない。

 そして、長い時間のなかで、必要でないブロックは排除され、必要なブロックは補充される。ブロックそのもののかたちが変わることもある。それが「言葉の乱れ」。

 若者たちが使う「ら抜き言葉」や「乱れた言葉」を腹立たしく思うひともいると思う。しかし、そんなときは、清少納言も「と抜き言葉」を怒っていたことを思い出そう。

 そして、その「乱れ」が、一時のものなのか、それとも時代の流れなのか見極めよう。もしそれが時代の流れならば、どんなに抵抗しても受け入れられていくだろう。「と抜き言葉」も「ら抜き言葉」も同じことだ。


 ――いかがでしょうか。自分で読み返してみて、なかなか良いことを言っているな、と感心してしまったくらいなのですが、阿呆な自画自賛ということになるのかもしれません。でもまあ、手間がかかっている記事であることはたしかでして、この当時、文中に出てくるような日本語本にはまっていたんだ、ということがわかります。懐かしい記事でした、とさ。

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◇◆◇ゲームプレイ日記「『ゼノブレイド』を旅する(1)」◇◆◇

 2012年1月29日

 どうか、どうかもう少しだけ邪魔をしないでくれ。ぼくはいま、故郷コロニー9を出て大草原を旅した末、遥かな燐光の地ザトールにたどり着いたところなんだ。

 辺りには見たこともない怪物たちがうろうろしている。沼地にひそむぬめぬめした奴や、恐ろしい牙を持つ俊敏なオオカミ。そのいずれもがおぼろな燐光に照らしだされて不気味に浮かび上がっている。

 どうやらこの土地を抜けるためには古代ハイエンターの成人の儀式を成し遂げなければならないらしい。そのためにはこのザトールのいずこかに隠されている四つの宝物を探し出すことが必要だ。やれやれ、またも冒険がぼくを待っているというわけだ――。

 何の話かって? もちろん、テレビゲームの話。他の何の話であるはずがある? 何もかもWiiのゲームソフト『ゼノブレイド』のお話だ。『ゼノブレイド』はモノリスソフト開発、任天堂発売のRPGで、これがもう、とんでもなくよくできた作品なのである。

 だから、もうちょっとだけ邪魔をしないでほしい。ぼくは首尾よくこの燐光の地を抜けて、マクナ原生林へ向かうのに忙しい。そうだ、必ずどこかに四つの秘宝に関するヒントがあるは――何、そうはいかない? そのソフトの話を聴かせろ?

 わかった、わかった。とりあえず果てしない冒険の旅には一区切りを付けて、あなたにこの作品のことを語ることにしよう。じっさい、これは、そうするにふさわしい作品だ。長年、RPGをプレイしているが、これくらい「世界を旅する」感覚を味わわせてくれた作品は、国産ものではちょっとない。長く語り継がれるに値する真の名作と言っていいだろう。

 『ゼノブレイド』。そのタイトルは過去の『ゼノギアス』や『ゼノサーガ』といった作品を思い起こさせるが、それらの作品と直接の関係はなく、一作で完結している。

 物語は「我々のいる宇宙とは異なる、別次元の宇宙」、互いに憎み合い争いあったあげく共倒れに終わった巨神と機神の巨大な体躯の上を舞台に繰り広げられる。

 ホムスと呼ばれる人間たちが住む「巨神界」では、長年平和な日々が続いていたが、「機神界」の機神兵たちの侵略によって存亡の危機に立たされる。

 神剣モナドを振るう英雄ダンバンの活躍により、何とか機神兵たちを退けたものの、ダンバンは負傷し、長い療養を余儀なくされる。いつまた機神兵が攻めてくるかわからないなかで、モナドを研究する少年シュルクの冒険が始まる――。

 プレイヤーは基本的にこのシュルクを操って物語世界に参加していくわけだが、並のRPGと一線を画すのがその世界の広さと、隅々まで行きわたった気配りだ。

 このゲームでは都市とフィールドとダンジョンはシームレスに繋がっている。つまり、フィールドを移動していると都市が見えてきてそのなかに入ると画面が変わる、というわけではなく、どこまで行っても同じスケールで世界が広がっているわけだ。

 これがなんとも言えない「世界の広さ」を演出している。この世界、とにかく広い。ほとんど狂気のように広い。何となくフィールドを見てまわっているだけでも数時間は軽く吹っ飛ぶ広大さだ。

 当然ながらそのフィールドにはモンスターが徘徊し、また宝物が隠されている。時には前人未到の「秘境」に出くわすこともあるし、これほど探検しがいのある世界はめったにないと言っていいだろう。

 それはすべて膨大な情報量によって表現されているわけで、これはちょっとモノリスソフトなどという無名のゲームソフトメーカーの独力で創り上げられるものとは思えない。おそらく、任天堂の巨大な協力があって初めて成り立ったソフトなのだろう。

 良くも悪くも「ぼくがかんがえたさいきょうのげーむ」をそのまま実物に仕上げたような作品で、あらゆる問題点を物量で押し切ってしまうところがある。フィールドは広大を極め、システムは複雑を極め、プレイ時間は長大を極める、といったありさまで、ぼくは既に20時間以上プレイしているのだが、それでまだ序盤をようやく過ぎた辺り、というところだと思われる。

 Amazonなどの情報によると、クリアには100時間以上かかるらしい。文字通りの大作である。ぼくがこの広漠たる世界をどう旅し、いまどこにいるか、それは来週以降に語ることとしよう。

 プレイ日記といいながら説明に終始してしまったが、今週はここら辺で筆を置くことにする。ひと言でいってめちゃくちゃおもしろいソフトなので、未プレイの方にもお勧めしたいところだが、何しろ大作なので、ひとを選ぶことはたしかかもしれない。時間が有り余っている学生さんなどにお勧め。

 さて、そういう辺りで、待て次週!である。お楽しみに。

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◇◆◇今週の漫画雑誌◇◆◇

 ここは日々新たに刊行を続ける漫画雑誌について雑感を語ろうという趣旨のコーナーです。『ジャンプ』や『サンデー』などの週刊漫画誌だけではなく、月刊誌や隔月刊誌についても語ろうと思います。

 それでは、どこから語り始めるか――やはり何といっても欠かすことができない『ジャンプ』の話から行きましょうか。この頃妙にラブコメ推しに見える『少年ジャンプ』ですが、やはり圧巻は『HUNTER×HUNTER』です。

 巨大な力を得た代償に病床に伏すゴンの元にやって来たキルア。その老いさらばえた老人のような――否、死後数カ月を経た亡骸そのものともいうべき腕が衝撃的です。

 いままでゴンのひどい状況についてはセリフの端々で語られていましたが、まさか本当に主人公をここまでにしてしまうとは……! さすが冨樫、全く容赦がありません。

 しかし、そのゴンも謎の超越存在「ナニカ」への願い事によって快復します。果たして本当にゴンは治ったのか、というところで以下次号。

 ハンター協会の会長選挙とゴンの問題を絡めながら、さらにキメラアントたちの遺産まで絡めてくる練達のシナリオが光る展開ですね。

 一方、『めだかボックス』ではカードゲーム編が終了。お約束の展開ながら、「それでは済まない」というひと言が今後の展開を暗示しているようです。果たして実質主人公の球磨川禊を止めるものはあらわれるのか? いや、ほんと、この漫画、球磨川が出張ってきてからは急速におもしろくなってきているなあ。

 ほかに週刊誌としては『少年サンデー』、『少年マガジン』、『ヤングマガジン』、『ビッグコミックスピリッツ』などが出ていますが、今週はそれらは置いておいて、『ヤングアニマル』に注目しましょう。

 というのも、今週から『ベルセルク』が数ヶ月ぶりに連載再開しているのです。劇場アニメ化を控えて、迫力満点の絵ですが、話のほうはあまり進んでいません。比べるのも何ですが、『HUNTER×HUNTER』がたびかさなる休載を挟みながらも着実に話を進めていることとは対照的です。

 また、こちらもちょこちょこ休載を挟みながらも、しかし少しずつ話を進めている『3月のライオン』。最強の名人との初対決を控えた桐山くんにここから予想外の日々が待ち受けているようです。

 まさかここで名人に勝てるはずもありませんが、のちの戦いの前哨戦になるはずの戦い、果たしてどう落とすのか、注目して見守りたいところです。来週も載っているようで嬉しい!

 ここで少女誌に目をやると、今週は『LALA』や『ZERO-SUM』なども出ています。『ZERO-SUM』では『Landreaall』が急展開。いままでの馬上槍試合を、「おもしろいけれど、しょせんお遊びでしょ?」と思って見ていたぼくにしてみれば、嬉しい展開。いままでの伏線が集まり、物語は次のターンへ進んでいくかに見えます。

 そしてまた、月刊誌といえばこれも忘れちゃならない『電撃大王』。『GUNSLINGER GIRL』がいよいよ佳境を迎えています。子どもを洗脳、改造してテロリストたちに対抗しようとしていた「結社」はいよいよ崩壊へ向かおうとしているように見えます。

 淡々とした展開ながら、張り詰めた緊張感が素晴らしい。主要登場人物たちもだいぶ死んでしまいましたし、もう間もなくこの作品も完結することと思いますが、もし完結したらあらためてここで取り上げたいところです。

 そういうわけで、予想通り、今週のベストは『HUNTER×HUNTER』でした! 次回からはこの作品は別格扱いにしましょう。毎週これがベストになってしまっても困る。

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◇◆◇今週のツイート◇◆◇

 このコーナーでは、その週、Twitterに書いたことを肴に短い文章を載せたいと思います。

 さて、今週のツイートを振り返ってみると――極楽トンボさんの発言を受けて、ライトノベルのタイトルについて語っています。

ラノベの印象的なタイトルかあ……ベタだけれど「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」ですかねえ。否定形タイトルとしてはベストに近いと思うんだ。」

「@Tetsugaku 『VSイマジネーター』とか『クビキリサイクル』とか良いですね。ひとのタイトルに文句つけるのは簡単だけれど、自分で考えるのは大変だよな。」

「短くてキャッチーというと、「痕(きずあと)」が最強かな。ラノベじゃないけど。」

ラノベ タイトル」でググったら「最近のラノベのタイトルはひどすぎる」というまとめサイトの記事がたくさん出てきた。でも昔の『ロードス島戦記』とか『フォーチュン・クエスト』といったシンプルなタイトルよりいまのほうがよっぽどひねっているとは思うけどね。」

「まあかっこいいタイトルといったらSFのひとり勝ちだ」

 ――ここで「SFのひとり勝ち」といっているのは、「たったひとつの冴えたやりかた」とか、「故郷から10000光年」、「どこからなりとも月に一つの卵」、「世界の中心で愛を叫んだ獣」、「果てしなき流れの果てに」、「月曜日は土曜日に始まる」といった印象的なタイトルのことを指しています。

 また、わかるかと思いますが、「痕」はLeafのアダルトゲームのタイトルです。当時としてはめずらしい一文字タイトルである上に、「痕」と書いて「きずあと」と読ませるセンスが抜群だと思います。

 あと、「この国語り」という言葉を用いて、大雑把な自国批判を批判していたりもします。

「日本について真偽の怪しい、あるいは日本だけとも言えないことを決めつけて、「まったくこの国はこうだから……」と嘆いてみせるスタイルを、ぼくは「この国病」と名付けたのですが、Twitterにはこれが散見される気がします。」

「この国はこうだからダメなんだ」と簡単に決めつける「この国語り」は、自分を「この国」より一段高いところに置けるから気分が良いのだろう。でも、「この国」とか「日本人」とか、そんな簡単に決めつけられるものではないと思うんだよね。日本仁は一億以上いるわけで、当然、多様性がある。」

「自分自身が日本人でありながら、日本人全体の人間性を非難するのは、「自分もそうだが」と前置きするのでなければ、「オレは賢いから別だが」と言っていることになるわけで、なんだかなーと思ってしまうわけである。」

「念のために言っておくと、だから日本人を批判するな、と言っているわけじゃないですよ。ただ、日本人だってイギリス人やアメリカ人や中国人と同程度には多様性があるわけで、そう簡単にこうだと決め付けることはできないだろう、と言っているわけです。」

 これは、もちろん右翼的愛国主義から言っているわけではなく、日本を批判するにしても、大雑把な批判では意味がないだろう、と言っているわけです。

 もちろん、日本はひどい国かもしれない。でも、人間の愚かさ、醜さ、心の狭さは何も日本だけの話じゃないと思うんですよね。どこかに理想の国があるならともかく、そんなものはないわけで、海外を理想視する一方で日本を蔑視するのは馬鹿げているように思う。それは結局のところ日本特殊論に過ぎない。

 人間に普遍的な事情を日本の特殊性のせいにして、「日本はこれだから――」とやるのは、ぼくは好きではありません。

 以上、今週の目立つツイートでした。

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◇◆◇あとがき「感謝を込めて。」◇◆◇

 さて、早くもあとがきに到達しました。ここまでの内容、いかがだったでしょうか。物足りないと感じられる方もいらっしゃるかもしれません。そういう方も、これからは精進しますので、ぜひご購読いただければ幸いです(ぺこぺこ)。

 いや、ほんとの話、これから試行錯誤しながら唯一のスタイルを見つけ出していく段階なので、これからのほうがおもしろくなると思うのですよね。言い訳じみてしまいますが、この号はやはり、あくまでもサンプルに過ぎません。

 そういう意味では、この「挨拶」と「あとがき」も、ひょっとしたら次回以降なくなっているかもしれませんね。各コーナーも固定されたものではなく流動的なものとお考えください。よりおもしろく、より役に立つように、『オトナオタク』は変わっていきます。

 おそらく、次回以降は何らかのコラムが入ることでしょう。ご意見をいただければ、参考にさせていただきますので、何かありましたら以下のメールアドレスに送ってくださるとありがたいです。

 特にデザインに関しては見やすい、見にくいなど、ぜひご意見を伺いたいところ。メールマガジンのデザインに関してはよくわかっていないのです。では、サンプルはこれくらいにして、じっさいのメールマガジンでお逢いしましょう!

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