それは星ふる夜のお伽話――アニメ『アイドルマスター』を刮目して見よ!


■良かった。素晴らしかった。最高だった。■


 たったいま、アニメ『アイドルマスター』を見終えたわけですが――もう、この感動と高揚をどう伝えよう!と表現に迷う思い。テレビアニメを2クールも見終えたのはひさしぶりなのですが、そういうこと以上に、内容の充実と、表現の洗練に驚かされます。

 否。ただよくできた、面白い作品なら、ほかにもあるかもしれない。しかし、ぼくはいま、その「よくできた」という次元を超えた何ものかに打たれ、こうべを垂れる思いでこの文章を書いています。

 この思いが、読んでいるあなたに届くと良いのですが。空間と時間とを超えて、少しでも伝われば良いのですが。伝わると信じて書くことにしましょう。ひとつの、かけがえのない物語について。

 いやもう、良かった。素晴らしかった。本当に良かった。見終えた直後に書くとそのままの興奮が文章に乗るので、客観性という意味では良くないのかもしれませんが、それでも書いてしまおう。

 やあ、良かったね。最高だった。非常にぼく好みのものを作ってきてくれたな、という気がします。たとえばAmazonなどを見てもおおむね好評なのですが、それだけでなく個人的にもストライクゾーンど真ん中、ぼくはこういうものを見たいのだ、というその真芯を捉えてくれた作品です。

 『アイドルマスター』にかんしては詳しい人がまわりにいくらでもいるので、知ったかぶるのはやめておきましょう。ぼくはこのアニメで見るまで、『アイマス』というコンテンツについて詳しいことは知りませんでした。

 いくらか漫画で読んだり、動画で見たりはしているのだけれど、いずれも断片的なイメージを提供してくれただけで、それ以上の知識は得られませんでした。しかし、このアニメ版を見たいま、それらのイメージの断片たちが統合されてゆくのを感じています。

 それくらい、アニメ版は傑出した出来だった。いや、単に出来が良いだけではなく、キャラクターの印象を大切に作られた作品でした。キャラクタービジネスかくあるべし、と思います。


■キャラクターを「積む」。■


 ぼくが知っているだけでも『アイマス』は、多方面にキャラクタービジネスを発展させてきた作品です。そのなかでキャラクターの個性は多様に表現されてきたことでしょう。しかし、アニメ版『アイマス』は実にぶれないキャラクターイメージを提示します。

 登場するアイドルたちひとりひとりが、まさに彼女たち自身でしかありえないような的確なイメージで表現される、そのことそのものの魅力がアニメ版『アイマス』を傑作にしているといっていいかもしれません。

 と、言葉にすれば簡単ですが、つまりは仕草のひとつひとつ、表情のいちいちが、春香らしく、雪歩らしく、響らしい、そのことの素晴らしさ。そして、物語が進むにつれて、次第に「積まれてゆく」キャラクターたちの個性が、ひときわ彼女たちへの愛しさを募らせます。

 「キャラクターを積む」とは、つまりその描写やエピソードによってそのキャラクターのイメージを強固にしてゆくことを意味します。ひと言で雪歩らしさ、といっても、それはひとつ「パニックに陥るとその場に穴を掘る」といったわかりやすい行動によって表されるものだけではない。ごく小さな仕草や言葉にこそ、それは表され、「積まれて」いるのです。

 それはむろん、彼女たちのキャラクターたちを長く演じ続けてきた声優たちの演技によっても印象づけられたものでもあるでしょう。春香を、千早を、りっちゃんを見事に演じきった声優さんたちには拍手を。ただ彼女たちの声の演技を聴くだけでもこの作品には相応のおもしろさがあったと思います。

 しかしまた、それだけでもない。この作品をハッピーにしているのは、一貫して高い水準に保たれた作画と演出です。はやりの萌えアニメに比べれば特別媚びているわけでもない少女たちの仕草が特別に魅力的に映るのはなぜなのか。それはやはりアニメーションの魔法にほかなりません。

 丁寧に丁寧に「積まれた」キャラクターたちの魅力は、最終話にはたまらないものでまで高まってゆきます。


■一話完結の物語。■


 基本的にアニメ『アイマス』は一話完結で進んでゆきます。しかし、ひとつひとつのショートエピソードは少しずつ少しずつ積み重なってゆき、やがて大きな物語を展開してゆくことになります。

 ほとんどの場合、各話には主役として描かれるアイドルが存在し、彼女たちの魅力を象徴的なエピソードによって描き出してゆきます。たとえば何やら映画的な展開が印象にのこる第8話の主人公はあずさであり、彼女を中心として物語は進んでゆきます。その話が終わる頃、見るものは彼女を少しだけ好きになっている自分に気づくことでしょう。

 そして、それらの展開が2クールに渡って「積まれて」いった結果、物語すべてが閉じられるその頃には、だれもがキャラクターひとりひとりに愛着を抱いている自分を発見することになるのです。

 むろん、リアリズムという観点で見れば瑕疵など数えきれない物語ではあると思います。十数人ものアイドルをたったふたりの「プロデューサーさん」と事務の小鳥さんで管理していることは、不自然といえば不自然きわまりありませんが、どうか、ここは目をつむってほしいところ。これはそういうところを気にして見るべき作品ではないのですから。

 見進めてゆくうちにしだいにわかってくるとは思いますが、アニメ『アイマス』の魅力は現実の芸能界を再現するところには全くありません。そうではなく、『アイマス』ワールドという、ひとつの楽園的な世界を創り出そうとするところにこそあります。

 それは、現実の芸能界とは全く異なる、ある種、牧歌的な世界です。ちゃちな作り物といいたければいうがいい。でも、ぼくは物語を見続けるうちに、この世界がどんどん好きになってゆきました。

 これはたしかに「そうある」世界ではない。だけれど、たしかに「そうあるべき」「そうあってほしい」世界なのです。見るひとの願いを叶えるために物語があるのだとすれば、『アイマス』は紛れも無く物語の魔法を見せてくれます。ここにひとつの世界がある――そう、感じさせる魔法がそこにはあるのです。


■時はとめられない。■


 そうやって描き出されるひとつひとつのエピソードはあまりに楽しく、優しく、見続けるうちにあなたはこう思うようになるかもしれません。いつまでもこのまま何も変わらなければ良いのに、と。しかし――ひとがどれほど願おうとも、時をとめることはできない。それもまた真実。

 物語のなかでも時間は過ぎ去ってゆき、事態は取り返しが付かないかたちで、決定的に、変わってゆきます。初め、弱小事務所の売れないアイドルに過ぎなかったヒロインたちの仕事は、シリーズが話数を数えるとともに、次第に大きくなってゆくのです。そして、彼女たち自身も、少しずつ、より花やかな場所でスポットライトを浴びるようになってゆきます。

 それでもなお、彼女たち自身は少しも変わらない――否。それもまた嘘。時は少女たち自身を変えてゆきます。真は真であり、雪歩は雪歩である。そのこと自体に変わりはないとしても、仮借ない時の足音は、彼女たちの環境を変えてゆくのです。そして、あの和気あいあいと楽しかった765プロ自体が、ドラマティックに変わってゆきます。そのことに心を痛める小さな少女をひとりのこして。

 やがて、最後の物語の幕があがり、だれもが選ぶことになる。本当に大切なものを、ひとつだけ。そして、少女たちが、だれにも時をとめることはできないとしても、それでもなお、譲ってはならないものがあることを思い出す時、物語は聖なる結末を迎える。

 それをあまりにもできすぎたハッピーエンドというひともいるでしょう。でも、ぼくは感動した。感動したね。心を打たれた。なぜなら、そこに真実があったからだと思う。ひとは世界の理を変えることはできない。時の歩みを、それこそ一時たりともとめることはできない。それでも、なお、ぼくたちはある一瞬を永遠たれ、と願う。それもまた本当だということ。

 少なくとも最終話、永遠たるべく彫刻された一瞬は、すべてを変えていってしまう残酷な「時」に耐えて、美しい。ぼくたちは彼女たちは何も変わらないと信じることができる。それだけで、十分だ。


■星ふる夜のお伽話。■


 もちろん、ひとが時を経ても何も変わらないなどという物語は、結局、ある種のお伽話、ファンタジーといわざるを得ません。けれど、ぼくはそのお伽話が好きなのだ、そのファンタジー、夢物語が好きでならないのだ、とあらためていま思います。

 それはたとえばフランク・キャプラの映画を好きなのと同じことです。いかにも物語のご都合主義に満ちたキャプラの映画は、しばしば批評家たちの非難をあびたといいます。しかし、それでも大衆に愛され、いまなお、記憶されている。何十億円も制作費をかけた大作があっというまに忘れ去られてゆくのとは対照的に。

 キャプラの映画には、世界とはこうあってほしいという理想がある。人間とはこうあってほしいという希望がある。ぼくはアニメ『アイドルマスター』に同じものを見ます。そう、それは星ふる夜のお伽話、眠れない子どもたちへ贈るファンタジー

 だから、本当は、物語が閉じたあとは、ぼくたちは現実へと帰らなければならないのかもしれない。そうして、物語のなかほどには美しくもなく、激しくもなく、灰色の倦怠に充ち充ちたこの世界を歩んでいかなければならないのかもしれない。

 でも、もう少しだけ、この夢の世界にひたっていたい。もうしばらく、夢幻の彼方に遊んでいたい。そう思わせるだけ、この作品はやはり傑出したものでした。もうすぐ朝が来る――すべての夢は醒め、時は移り変わってあたりまえの日常が始まる。だからお願い、もう少しだけ、彼女たちとともにいたい。だれよりも可愛らしく無邪気なぼくのアイドルたちと。

 そういうわけで、アニメ『アイドルマスター』。絶賛とともにお勧めさせていただきます。夜長の冬の無聊を慰める、そのためだけにでも、ぜひご覧になってみてください。損はさせません。「Something Orange」、おそらくは数カ月ぶり、いや一年ぶり以上(?)となるポエムな記事でした、とさ。

 おしまい、おしまい。