どんな漫画もつまらなくなっていくのがあたりまえという道理。


 まあ、そういうわけでどうにかこうにか二冊目の同人誌を完成させたわけですけれど、自分で作ってみると二冊目は一冊目より大変だなあということが身に染みます。それはもう、あらゆる点でそうですね。

 そのなかでもいちばん大変なのは評価基準が上がってしまっていること。二冊目は最低限一冊目と同じくらいおもしろくて当然だと見られるわけで、内容的に一冊目を下回ったらひんしゅくものでしょう。

 しかし、同時にすでに一冊目の新鮮さはないわけだから、二冊目は一冊目を超えていて初めて一冊目と同程度に評価される。ようするに二冊目はあらゆる点で一冊目を超えることがむずかしいものになってしまうわけです。

 で、まあ、思うに、これはあらゆる創作作業にあてはまることだよなあ、と。よく一発屋とかいわれて、二作目以降の作品で失敗する作家はたくさんいるわけですが、それもあまりに当然のことだと思わずにはいられません。

 無理なんですよ。おもしろくなりつづけるなんて。どうしたって読むほうは飽きるのだから、つまらなくなっていくのが道理。おもしろくなりつづけている作品なり作家というのは、ある種の奇跡をなしとげているというしかありません。

 そもそも、ただ現状を維持しているだけでは傍目には現状維持しているようには見えません。ほんとうにただ現状を維持しているだけだったら、傍目には衰えているように見える。

 どういえばいいのか、読者の見る目にはあらかじめマイナスの力が働いていて、それに抗して成長しつづけいる作家だけが現状維持しているように見えるんですよね。ただひたすらに成長しつづけることでしか現状維持することはできない。

 そして傍目に見て成長しつづけている、と見てもらうためには、それはもうものすごい成長が必要なのだと思う。

 『3月のライオン』の羽海野チカとか、ここに来てなお成長しつづけているように見えるわけですけれど、それはただ成長しているのではなく、読者の「飽き」というマイナスの力を上回るほど成長しているということになるわけで、ただ感嘆するしかありません。

3月のライオン 6 (ヤングアニマルコミックス)

3月のライオン 6 (ヤングアニマルコミックス)

 いや、すごいよなあ。あのひともある種の天才ですよね。あとまあ、井上雄彦とかねえ。ああいう、傍目に見てどこまでうまくなるんだと恐ろしくなるようなひとは、本当に稀有な例外なのだと思う。本来、あらゆる漫画には次第につまらなくなっていく力が作用しているわけです。

 いずれにしろ作家は歳をとるのだし、いつか時代とずれて古くなっていくのが当然。そこで人気を維持するということはね、ただごとじゃないんですよね。そういう意味では『ネギま』とかすごいなあと思いますよね。まだおもしろいものなあ。

 そういうわけで、衰えてしまったように見える作家は、本当は衰えてはいないかもしれないのです。ただそう見えるというだけのこと。「Something Orange」だってべつに衰えてはいないかもしれない。ただ飽きられてしまっただけなのかもしれない。

 また読者が飽きる速度も速くなっているから、いまの作家はほんとに大変だと思う。西尾維新とか、自分のスタイルを変革していく速度がおそろしく速いですよね。すでにいまの『化物語』は初期の『化物語』とは違うスタイルになっている。

囮物語 (講談社BOX)

囮物語 (講談社BOX)

 そういう、確実ないまの成功を捨てて不確実な未来に賭ける作家だけが奇跡のように生きのこる。いまの成功を保持しようとするものはやがて衰え消えてゆく。でも、無理だよね、それって。どうしたって人間はいまを守ろうとするものなんだから。

 しかしいまを守るという確実にみえる戦略は実は必敗に通じている。いまを捨て自分を改革しつづけることだけが唯一の生存戦略。どんな漫画もつまらなくなっていくのがあたりまえという道理を乗り越え、生きのこる作家たちは、そんな自己改革の達人たちなのです。