『バクマン。』の醜悪さが凄い。なんだこりゃ。

バクマン。 12 (ジャンプコミックス)

バクマン。 12 (ジャンプコミックス)

 何だか知らないけれど、『バクマン。』が物凄い展開になっていますねえ。七峰編が終わってひと段落かと思いきや、中井さんの暴走編がスタート。

 復活してきた中井さん、以前にもまして下衆な素顔を見せてくれています。本当に、人間の醜さというものをよく思い知らせてくれる作品だと思います。少年漫画でこの醜悪さは凄いというか、酷いというか……。

 最初に出てきたとき、中井さん、こんなキャラクターじゃなかったよね? いったい何がどうしてこんなことになったんだか。中井さん、マイナス13組に入れるんじゃないか?

 そういえば、以前、「物語のデフレスパイラル」ということを書いたことがあります。物語を描くとき、基準となるある存在のスケールを小さくしてしまうと、それと比較されるもののスケールも自然小さくなり、結果物語世界全体が小さくなってしまう、デフレスパイラルのようなものだ、という内容です。

 で、これは当然、漫画のキャラクターにかんしてもいえることだと思うのですね。いまの『バクマン。』がまさにそうだと思うのですが、あるキャラクターを格好良く描くために、引き立て役としてあるキャラクターを格好悪くするということがある。

 しかし、それをやってしまうと、その格好悪いキャラクターに対して相対的に格好良いはずのキャラクターも、そんなにたいして格好良くは見えなくなってしまうんですよね。で、その格好良いはずのキャラクターよりさらに格好良いはずのキャラクターもまた格好良くは見えなくなり――つまり、デフレスパイラルが働く。

 これをやると、結果的にすべてのキャラクターが何だかそれほど格好良く見えなくなるという結果になると思うのです。いまの『バクマン。』はそうなっていると思うんですよね。

 中井さんや七峰を醜悪に描くことによってサイコーやシュージンを格好良く描くという思惑なのかもしれないけれど、ぼくから見ると「ジャンプの作家ってこんなレベルなのか……」と見えてしまう。

 ただ、思わず笑ってしまう下衆漫画としては本当におもしろいので、この路線をどんどんひた走るのもひとつの手ではあるかもしれません。でも、それって『少年ジャンプ』としてはどうなんだろ。

 以前から思っていたけれど、長期的に見ればこの『バクマン。』という作品は『ジャンプ』に害を与えているんじゃないかなあ。『ジャンプ』の作家にネガティブイメージを植えつける役割を果たしていると思うぞ。それでいいのかな……。

 やっぱりワンパターンといわれようと何だろうと、少年漫画のキャラクターは高潔であるべきだと思うんだが。まあ、雑魚悪役は当然卑劣でもかまわないので、七峰たちがそういう役割だというのならそれでいいんだけれど。それじゃ、「強大なライバル」がどこにいるのかって話ですよね。

 いやまあ、おもしろいんだけれどさ。ちょっとどうかと思ってしまうぼくなのでした。ジャンプの漫画家って、本当はもっと格好良いんですよね? そうですよね? ね?