2010年代を切り開く奇跡の傑作、『水の森』を読もう!

水の森(1) (KCデラックス 月刊少年マガジン)

水の森(1) (KCデラックス 月刊少年マガジン)

水の森(2) (KCデラックス 月刊少年マガジン)

水の森(2) (KCデラックス 月刊少年マガジン)

水の森(3) <完> (KCデラックス 月刊少年マガジン)

水の森(3) <完> (KCデラックス 月刊少年マガジン)

「「戦わなくていい」ということは本当に素晴らしいことなんだ」


 それは時の彼方の物語である。いまを去ること六百年の昔、遥かな国の出来事。すべては、ひとを超越し、万象を鳥瞰する超越者の気まぐれから始まる。「かれ」はひとりの羊飼いとしてその国で暮らしていた十六の少女に、万能の力を与えたのだ。天候をも操り、矢尻をも跳ね返す無敵の能力。

 そのとき、少女はその力を決して己のために使おうとはせず、ただ荒廃した祖国を復興させるためにために使うことを決意した。そうして少女は百年戦争を祖国の勝利に導いた。聖女ジャンヌ・ダルク。人類の歴史上、超越者から与えられた力を私利私欲のために使わなかったただひとりの存在。

 だが、運命はなお過酷な試練を彼女に課す。ジャンヌの力を恐れた王侯たちは彼女を火刑台に追いやったのだ。ひとに絶望したジャンヌはその運命を受け容れる。自分を「主」の身元に。それだけが彼女が望みだった。

 ところが、ジャンヌが「主」と仰ぐ全能の存在は、彼女の死を望まなかった。かれは六百年もの時を超え、彼女を現代日本によみがえらせる。そこは人類の歴史上、最も「平和」という概念に近い国。水の森ジャンヌ。それが新たに彼女に与えられた名前。少しずつ崩れていく平和のなかで、ジャンヌの再生の一年間が始まる。

 さて、これからこの『水の森』という物語について語っていくわけだが、傑作である、とまずは断言しておきたい。ぼくはわりとしょっちゅう傑作だ傑作だとわめくのだが、これはめったにない「本物」だ。

 たしかに、処女作だけあってまだ荒削りなところは多いし、絵柄も完成していない印象をうける。しかし、この物語には紛れもなく魂がこもっている。もういちどいう。傑作である。『水の森』全三巻、この際一気に買って読んでしまうことをお勧めする。素晴らしい読書体験を味わえるはずだ。

 物語は、ジャンヌが「主」によって日本に放り出されるところから始まるのだが、しかし実は必ずしも主人公は彼女ではない。というより、この物語には特定の主人公はいないのだ。第一巻の帯にはこう記されている。「主人公は―登場人物、全員。」

 これは特別奇をてらっているわけではなく、じっさいにそうなのである。物語は、ジャンヌを狂言回しに、彼女が住む町にともに暮らす数名の人々の身にふりかかる出来事を描いてゆく。

 様々な人々との出逢いと別れをくり返すなかで、ジャンヌは少しずつ変わってゆく。彼女の絶望は癒され、救われるに見える。しかし、そのときさらに大きな絶望が振りかかる。そのことについては具体的には書けない。本編を読んでたしかめてほしい。

 一方、物語のバックグラウンドとしてそこかしこに登場するのが、「東エルニア」と呼ばれる欧州の一国の運命である。全編を通し、次第にこの国を巡る情勢は悪化してゆく。そうして初め物語の背景であった東エルニアは、やがて前景に躍り出る。作者の緻密な計算が光る展開である。

 そう、この作品を読んでいて一驚させられるのは、その構成の巧みさである。作者は新人とは思われない卓抜な構成力でもって、しばしばミス・ディレクションを孕みながら巧妙に展開を紡いでいく。

 たとえば第二話などはその技量がはっきりとわかる。何でもないひと言が意外な意味を孕み、大きなテーマへと繋がってゆくのだ。じっさい、本作はミステリファンに推薦できる。ミステリの読者が作品に求めている種類のセンス・オブ・ワンダーがここにはあると思う。

 それでは、本作のテーマとは何か? それは「人間らしさ」という概念だと思う。物語の端緒となる第零話で、ジャンヌが崇める「主」は、ジャンヌを裏切り、おとしれた人々を「最も人間らしい」と語る。ここで「人間らしさ」とはどこまでもネガティヴなものとして提示されている。

 しかし、その後、物語の所どころでしばしば「人間らしい」という言葉は再出し、「人間らしさ」という概念の再定義を迫る。いったい「人間らしい」とはどういうことなのか? 「人間」とは、そもそもどういう存在なのか? それが『水の森』全巻のグランド・テーマだと思われる。

 いったいこの作品がその重い問題に対してどんな解答を示しているのか? それは本編を読んでもらえばわかることだが、読者の期待は裏切られないとだけいっておく。

 それにしても、この物語を読むとき感心させられるのは、磨き抜かれた言葉の力のたしかさだ。たとえば第五話「報酬と福音」クライマックスのあるひと言(読めばわかる)などは、きわめて印象的に心にのこる。

 これも作者の周到な計算の結果か、何気ないひとつひとつの言葉がきわめて深遠な響きを持っているのだ。言葉と構成の力は相まって、強烈なインパクトで読者を射ぬく。それがすなわち、物語の力というものだろう。

 どちらかといえば地味な、目立たない絵柄であるし、物語ではあるが、しかし一読してもらえば必ず胸を打つものがあるはずだ。それだけの力量をもった作家であると思う。

 決して長い物語ではない。全三巻、十二話であたかも時計の一周を摸すかのように綺麗にまとまっている。全十二話で完結すると知ったときは打ち切りなのかもしれないと思ったが、しかし、読んでみるとあきらかに初めから計算された構成であることに気づく。

 第十一話の時点では果たしてあと一話で本当に終わるものかと不安だったが、じっさいには見事に完結している。そうして単行本刊行にあたって付け足された第十三話もまた見事だ。ここにおいて、閉ざされた円環から飛び出すようにして、物語はふたたび動き出す。

 素晴らしい物語だ。この作品に出逢えて良かった。ジャンヌを知れて良かったと、心からそう思う。自信をもって推薦する。おそらくはこの作品が「Something Orange」2011年の漫画部門ベストになるだろう。2010年代を切り開く清廉な傑作。読もう! そうして心打たれろ。