それは愛では止められない。


 『あしたのジョー』でもいいし、『AIR』でもいい、何でも良いのだけれど、世の中には主人公、あるいはそれに類するキャラクターの死をもってクライマックスを迎える物語があります。

AIR ~Standard Edition~

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 それまでその物語のなかで懸命に生きていた人物が、その生を全うし、遂に死を遂げる、その瞬間をもって物語の円環を閉じるわけです。この場合、主人公は否応なく死に打ち負かされることもあれば、自ら望んでその運命を逍遥と受け入れることもあります。

 で、いま問題にしたいのは後者。ひとが自分の運命を受け入れ、何もかも満足して「真っ白な灰になって」死ぬとき、それを止めることはできるのか、という話をしたいわけです。

 結論からいうと、できないのではないか、と思うわけですけれど。いや、できることもあるのかもしれないけれど、しかしひとが本当に心から死のうと思ったら、もうそれを止めることは叶わないのではないか、と思うわけです。

 たとえば、福本伸行の麻雀漫画『天』のクライマックス。老人性痴呆症を患った天才雀士アカギは、「自分」を保てなくなる前に死ぬことを決心します。そうして自死の前に生前親交のあった数人の友人、知人と逢うことにするのですが、かれらは当然、アカギの死を止めようとします。

 なかでも最も強烈な意思をもって止めようとするのは主人公、天です。天は言葉を尽くしてアカギを止めようとし、どうしても止められないと知ると、遂に本心を吐露します。違う、自分だ、いまアカギに死なれては自分自身が納得できないから止めたいだけなんだ、と。

 およそひとがひとに向けるものとしては最も率直な言葉でしょう。あらゆる倫理も論理も関係ない、ただ自分が納得できないから、自分のために生きてくれ、という、理屈も何もない要求。

 しかし、考えてみれば、これこそ、ひとが自死するひとを止めようとする唯一無二の動機であるのかもしれません。こういう言葉を吐いてしまうほどに、天はアカギを好きだったということなのだと思います。ですが、それでも最終的にはかれはアカギを止められません。アカギはあくまでも自分の信念にしたがって死んでゆくのです。

 こういう例はほかにも無数にある。『ファイブスター物語』のダグラス・カイエンとミース・シルバーとかね。邪悪な魔道師ディス・ボスヤスフォートにハスハ王国が攻められたとき、星団最強の騎士であるカイエンは、忠誠を尽くすムグミカ姫を守って死ぬことを選びます。

 そのとき、かれを愛するミースは、カイエンの遺伝子的な子供を実験によって生み出すという手を使ってまでかれを止めようとする。しかし、それでもミースにカイエンを止めることはできません。カイエンはミースを気絶させると、騎士のなかの騎士、剣聖にふさわしい死を遂げるのです。

 以前、これは「男のロマン」と「女のロジック」の対決だと書いたことがありますが、つまりは美しい死を望む男と、そんな男を愛してしまった女の対決なんですね。もちろん、先の『天』を読めばわかるように、これは男女に限った話ではない、男と男、女と女、ということもありえます。

 じっさい、『AIR』なんて女と女のパターンです。主人公の観鈴が死のうとすることを、義母である春子は止めようとし、そうして止められずに終わる。それが『AIR』のクライマックスであるわけですが、あの場面はただ悲劇というだけではない切なさがあります。それではどうやったら美鈴を止められるのか、とぼくはそれからずっと考えています。

 わかるかな、ぼくがいっていることが。つまり、ひとが死すら覚悟するとき、それは逆説的ではあるが、そのひとの「生」が最も輝くときでもある。それを他のだれかが止めることができるのか? 止める権利があるのか? そう問うてみると、ない、としかいいようがない、ということなんですが。

 そう、だれかが自分の命すら捨ててなしとげようとしていることを、止められるはずもない。しかし、同時に、それなら「愛」は全く無力なのか、ひとはだれも皆生きたいように生きてそうして死にたいように死んでいけばいいのか、というと、それも違う気がする。

 「わたしのために生きてください」という言葉は、傲慢であるかもしれない。理屈が通っていないかもしれない。それでも、ひとがそう口にするとき、そうとしかあらわしようがない想いがある。それもまた、簡単に否定できるものではないと思うのですね。

 自分のなかでも結論が出ていない話なので、特にオチはありません。ただ、ひとが心から死を覚悟するとき、それはもう、愛では止められないのかもしれない、と思いつつ、愛以外の何が止められるだろうとも思うのです。正しくなくても、摂理に反していても、それでもいっしょにいたい。その理不尽を、ひとは愛と呼ぶのではないでしょうか。

 愛とは何なのだろう? うーん、わからん。