村上もとかの作品世界を簡単に紹介してみるよ。


 4月17日からテレビドラマ『仁 −JIN−』が再開するそうだ。日本のテレビドラマには失望を強めている今日この頃であるが、原作のファンなので、この作品はわりと楽しみだ。

JIN-仁- DVD-BOX

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 その原作を描いているのは村上もとか。一般的な知名度はそれほどではないかもしれないが、漫画ファンなら知らぬものはいない大作家である。30代以上の人には『六三四の剣』の作家、といえば通じるかもしれない。同名のファミコンゲーム、ありましたね。

JIN―仁― 1 (ジャンプコミックス デラックス)

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六三四の剣 (1) (小学館文庫)

六三四の剣 (1) (小学館文庫)

 ちなみに『仁』は昨年、全20巻で見事に完結している。その前には『龍 −RON−』を全42巻で完結させているから、村上は20巻超の大長編を二作続けて完結させていることになる。その旺盛な執筆意欲には驚かされるばかりである。

龍(RON) (1) (ビッグコミックス)

龍(RON) (1) (ビッグコミックス)

 そもそも、『仁』は『龍』の連載中に並行して不定期連載されていた作品だったのだが、『龍』の完結を受けて正式に連載が開始した。『龍』完結から間を置かない連載開始には、当時、驚かされたものだ。

 15年もの長期連載を終えたあとなのだ。ふつうなら少しは休みたい、と思うのが人情ではないだろうか。そういう凡庸な精神の持ち主では、『龍』や『仁』のような大作は描けないのかもしれないが。

 『仁』がヒットしたので、たぶんこれから村上は世間的には『仁』の作家として知られることになるのだろう。しかし、その広大な作品世界においては、大作『仁』ですら特別なものではない。

 昨今、多くの作家たちが「生涯一作」とでもいわんばかりにひとつの大長編で燃えつきる傾向があるのとは対照的に、村上もとかは無数の名作をのこしているのである。今回はかるくそこらへんのことについて話してみようと思う。

 さて、私見では、村上の最高傑作として挙げるべき作品は、なんといっても『龍』である。『仁』もおもしろい、『六三四の剣』も傑作だ、『赤いペガサス』も素晴らしい、しかし一作となると、やはり『龍』にとどめをさすと思う。

 物語は昭和初期の京都に始まる。京都の名門押小路家に生まれた青年、押小路龍は、剣の道を志し、その道を極めようとするも、やがてより壮大な運命に呑み込まれていく、といった展開である。

 時間的には主人公龍の少年時代から始まり、最終回では現代にまで物語は至ることになる。そうして空間的には、京都に始まった物語はやがて中国満州にまで及び、満州帝国の興亡が綴られる。

 この作品の魅力は、なんといってもそのスケールの大きさだろう。初めの頃は一剣道青年の物語のように見えていたのだが、そのうち日本と中国の大動乱時代を描いた歴史物語へと変わっていく。

 その背景となっているものは、日本の中国侵略であり、満州支配である。そうして、ここが変わっているところなのだが、満州映画を通じて、映画製作に賭けた人々の夢もまた描かれる。

 大陸を駆け巡る龍の冒険と並行して、あきらかに実在の映画監督をモデルとした人物が登場し、日本映画、中国映画の歴史が語られるのである。このアイディアの見事さ。

 何かのインタビューで読んだのだが、そもそもこの作品は中国大陸を舞台にした物語を描きたいという目論見で始まったらしい。しかし、始めから中国を舞台にしたのではその地に馴染みのない日本人読者が付いてこない。そこで、日本から物語を始めることにしたのだという。

 じっさいには龍が日本を飛び出て大陸に渡るまでに20巻近くかかっているわけで、村上もとかの構想の気宇壮大には恐れ入る。この作品においては、主人公である龍という男の人間的スケールの大きさが、そのまま物語の大きさに繋がっている。

 龍は日本人と中国人のハーフなのだが、日本と中国が戦端を開いた時代にあって、日本にも中国にも属さず、あくまで己の信じる信義を守り続ける。剣道や呪われた血の宿命などが複雑に絡む物語は、まさに村上もとか作品の総決算といっていい。

 全42巻、たしかに長いのだが、絶対的におもしろいので、余裕があれば読んでもらいたい作品である。後半は歴代皇帝に受け継がれたという謎の秘宝を巡る争いが主軸となるのだが、途中には武侠ものめいたところもあり、また馬賊なども登場して、ひと筋縄ではいかない展開を見せる。文句なしに★★★★★の大傑作、現代を代表する歴史ロマンだ。

 一方、『仁』は、おそらくはご存知かと思うが、医療漫画にタイムスリップを絡めた物語である。現代日本の医師南方仁は、あるとき、幕末にタイムスリップしてしまう。

 仁は未だに医療が未発達のこの時代にあって、少しでも近代医療を広めようと、努力を続けていく。しかし、かれのそんな努力をあざ笑うかのように難病は広まり、そうしてやがて幕府と新政府軍の先端が開かれる……。

 『龍』ほどではないにせよ壮大な物語で、坂本龍馬だの近藤勇だの、緒方洪庵だの、「悪魔」といわれた天才俳優澤村田之助だの、幕末日本を彩るスターたちが大量に登場して物語を彩っているあたりが楽しい。

 しかし、作品全体を貫いているのは、そもそも「医」とは何なのかというシリアスなテーマである。医術とはひとを救うこと。傷を直し、病を癒すこと。現代ではあたりまえのその理想は、しかし幕末日本という時代にあっては通用しない。

 仁はさまざまな病をまえにたびたび打ちのめされ、しかしそのたびに立ち上がっていく。が、そんなテーマについて深く考えなくても、ドラマ版が高視聴率を記録したことでもわかるとおり、単純に物語として抜群におもしろい作品である。

 全20巻で綺麗にまとまっているので(タイムパラドックスについては不満がないわけではないのだが)、『龍』に手を出すことが躊躇われるというひとは、こちらを読んでみるといいかも。『龍』より馴染みのある時代であることもあるし。

 『龍』、『仁』とベル・エポックのパリを描いた『メロドラマ』、いま連載中の『蠢太郎』を合わせると、幕末から昭和にかけての勃興期日本の絵ができあがる。これほど精緻でありながら大胆な歴史ロマンを描ける作家は、小説家でもめったにいないだろう。まあ、そろそろまた、現代を舞台にした漫画を描いてくれないものかとも思うのだが……。

 そういうわけでこの『龍』と『仁』の二大長編の存在感は非常に強烈なのだが、しかし先に述べた『六三四の剣』、それに『赤いペガサス』といった旧作の素晴らしさも忘れてはならない。

赤いペガサス (1) (小学館文庫)

赤いペガサス (1) (小学館文庫)

 村上は始め『ジャンプ』でデビューし、そのあと10年以上にわたって『少年サンデー』で連載を続けたのだけれど、その時代にもいくつもの珠玉の作品を生み出しているのである。

 『六三四の剣』は剣道漫画の代表作。ぼくは全巻読んでいるはずなんだけれど、あまりよく憶えていない。六三四と修羅というふたりの少年が、剣道を通じて人間的に成長していくといった筋書きと、集中線を多用した密度の濃い絵柄は憶えているのだが、物語の詳細までは記憶していないのだ。ごめんなさい。

 当時は非常に人気があった作品だということだが、いまでは汗臭い剣道を題材にした漫画は受けないだろうな、と思う。全24巻完結。村上もとかの少年漫画時代の代表作であろう。ちなみに村上は剣道体験は全くなく、剣道に詳しくもないらしい。そんなものですか。

 『赤いペガサス』のほうは大人になってから読んだので憶えている。世界に数人しか保有者がいない特殊な血液「ボンベイ・ブラッド」を持ちながら、危険なF1レーサーの道を歩む青年の物語だ。

 怪我を負えば即、死に繋がることを承知でありながら、あえてレーサーとして生きる。一応、『サンデー』掲載のれっきとした少年漫画ではあるのだが、内容的には「大人の漫画」という印象である。まあ、荒唐無稽なところもないわけではないのだが。

 ちなみにこの作品はやはりボンベイ・ブラッドの宿命を追った少年を主役にした続編も描かれているのだが、その作品は村上が作画を手がけてはいない。続編のほうは、ぼくはリアルタイムで『サンデー』で読んでいるはずだが、うーん、よく憶えていないなあ。

 また、やはり『サンデー』時代の作品ではあるがこれらより少しあとの『ヘヴィ』、『風を抜け!』といった作品も忘れがたい。特に印象的なのは『ヘヴィ』の設定だ。アメリカを舞台にしたボクシング漫画なのだが、ふつうのボクシング漫画とはひと味もふた味も違う。

 まず、日本人にあまり馴染みのないヘヴィ級のたたかいを題材としている時点で異色なのだが、トレーナーは末期がん、コーチはゲイでエイズ患者、といった設定は少年漫画離れしている。あるいはこの作品で村上は少年誌で描くことに限界を感じたのかもしれない、とも思う。どう考えても少年誌に載せるには重すぎる設定だからなあ。

 さて、いままでに挙げた作品は堂々たる長編だが、短編の代表作として挙げるべきは『岳人列伝』だろう。山に挑み、ときに敗れ、ときに生き抜く人々のドラマを綴った連作短編。極上にして骨太の作品である。

岳人(クライマー)列伝 (文春文庫―ビジュアル版)

岳人(クライマー)列伝 (文春文庫―ビジュアル版)

 そう、村上もとかの作品世界を表すには、骨太という言葉がよく似合う。その作風は時代によって少しずつ違ってはいるものの、バックボーンのたしかさに変わりはない。いま、これほどにたしかな、骨太の作品を描く作家はほかにいないのではないか。

 未読の方はとにかくいま挙げた作品、どれでも良いので、ぜひ読んでみてもらいたい。広大無辺の創作世界があなたを待ち受けていることだろう。いや、ほんと、とんでもない大作家ですね。