オタクからソーシャルネイティブへ。「豊かな貧しさ」を求めて。

 「ソーシャル」と名の付く本を片っ端から読んでいる。この本はそのなかの一冊。サブタイトル通り「ネットが生み出した新しい日本人」について語っている。

 「新しい日本人」とは何か。それは、酒を飲まず、クルマに乗らず、休日は家で過ごし、デートもしない、非活動的で、非消費的、親の世代からは何を楽しみにしているのかわからない若者たちのことである。

 かつては「下流」「草食系」としてさげすみまじりに語られてきた人種だが、いま、新たな日本人の代表として、注目を集めているのだ。ていうか、これ、完全にぼくのことですね。

 本書では、こういった人種を「ソーシャルネイティブ」と名づけ、その行動を主に消費の面から分析している。で、そういうソーシャルネイティブのひとつの特徴が、その「オタク」度の高さである。本書によると、いまの20代は非常にオタク的なのである。

 結論からいえば、いまの20代は非常にオタクなのではないかと思われる。アスキー総研が、2009年にネット行動とコンテンツ消費に関するアンケート調査をやって、そのデータを見はじめて最初に驚いたことの1つが、いまの20代があまりにもオタクだったということなのだ。性別・年代別に、趣味や、利用しているサービスなどを見ると、「マンガ、アニメ」が趣味と答えた人の割合では、男性20代前半が55%、女性20代前半では54%と驚異的な数字になっている。

 この数字を見ると、現代の若者が急速に「リア充離れ」し、かつてオタクと呼ばれたライフスタイルに近づいていることがわかる。しかし、かれらのあり方は、自然、かつてのオタクとは異なっているだろう。

 というのも、かつてオタクは膨大な本や大量のCD、DVDなどの山に埋もれて生活していたものだが、いまやそういったものは必要なくなりつつあるからである。

 いま最も洗練されたオタク、否、ソーシャルネイティブの部屋を見てみれば、そこには数テラバイトのハードディスクが繋がれたPCや、スマートフォンタブレットPCのほかには、何もモノがないだろう*1。そういったものはすべて情報化されてハードディスクのなかにしまわれているのである。

 また、さまざまな情報が空気のように偏在しているいま、ほしい情報をネットから落とすことはたやすいわけで、あえてハードディスクに情報を貯めこむ必要すらないかもしれない。

 我々はついに物理現実における「豊かさ」から情報現実における「豊かさ」へとシフトしつつあるのだろうか? そこにあるものは、いわば「豊かな貧しさ」とでもいうべきものである。もはや、モノをたくさん持っていることが豊かさの基準ではないのだ。

 そう、ひたすらにモノを溜め込むライフスタイルは既に古くなりつつある。また、リアルでの価値にこだわることも時代遅れだろう。いずれヴァーチャルとリアルは等価になる。

 いまのところ、それはたとえば『ラブプラス』程度だが、将来的には『東のエデン』のジュイスのような人工知能コンシェルジュが生活のあらゆる側面をサポートしてくれるようになるかもしれない。

ラブプラス

ラブプラス

 それはまだ夢としても、ソーシャルネイティブたちがいままでのオタクたちには想像もつかないような新たな価値観をもって台頭してくることはたしかだ。かれらはかつてのオタクたちと同じようにコンテンツを楽しむが、それを物理的に所有しようという欲は持たないだろう。

 オタクは変わりつつある。その果てにあるものは、きわめてシンプルでソーシャルなライフスタイルであるように思える。もはや好きでもないアニメを教養のために見るといった「オタク的記号消費」もなくなるだろう。

 我々は物質的な豊かさを失い、そうして情報的豊かさを手に入れていく。

*1:フィギュアとかはあるか。