コンセプトが漫画を殺すとき。


 今月号の『アフタヌーン』でとよ田みのる友達100人できるかな』が完結。友達100人に大幅にたりないところで巻き展開に入ったので、どう考えてもこれは打ち切りだろう。楽しく読んでいたので、非常に残念である。

友達100人できるかな(1) (アフタヌーンKC)

友達100人できるかな(1) (アフタヌーンKC)

 最近、本で読んだのだが、物語のコンセプトを短い言葉で説明できることを「ハイコンセプト」と呼ぶらしい。ということは、その逆はたくさんの言葉が必要なことは「ローコンセプト」ということになるだろう。

 基本的にエンターテインメントはハイコンセプトであることを求められる。その物語の目的は何なのか、魅力はどこにあるのか、それがはっきりしていればいるほど、力強い物語になる。『ONE PIECE』にせよ、『HUNTER×HUNTER』にせよ、非常にハイコンセプトだ。

 で、この『友達100人できるかな』もハイコンセプトな物語だったと思うのである。発想そのものは文句なし。

 ある日、突然、宇宙人が地球を侵略にやって来て、主人公を過去の世界(正確にはそれそっくりな仮想世界)に連れて行く。その世界で友達を100人作れなければ人類は愛のない種族とみなされて滅亡! というコンセプトは非常にわかりやすい。

 過去の世界で子供に戻り、大人としての知識と経験を活かして友達を作っていく、という物語もおもしろい。

 では、何がいけなかったのか。やっぱりなあ、友達100人というのが多すぎたよね。これは構造上仕方ないところではあるんだけれど、一話にひとり友達を作っていくとしても、毎月100分の1しか物語が進まないという構造は、どうしても冗長な展開を生む。そこがこの作品のコンセプトの、唯一にして致命的な欠点だったと思う。

 もちろん、作者はあの手この手を使って何とかしようとしているのだが、中盤以降、どうしようもなくだれるところが見られた。それがたぶん今日の打ち切りに繋がったのだと思う。残念だ。

 が、これはこれで必然でもあったのだろうとは思う。コンセプトはときに作品を生かし、ときに作品を殺す。この漫画を真の傑作にするためには、もうひと工夫が必要だったのかもしれない。うーん、とよ田みのる先生の次回作を期待しています!