『射都英雄伝』のこのエピソードが凄い。


 LDさんの今日の記事がおもしろいので、ぼくも「シンプルさのもつおもしろさ」という話をしたいと思います。といっても、LDさんとはだいぶ角度が違う内容になるでしょう。金庸の話です。

 金庸といえば20世紀を代表する武侠小説の大家であるわけですが、その代表作に『射都英雄伝』があります。この作品の主人公郭靖は、初めは正義を信じてたたかうのですが、そのうちに自分の行動に悩むようになります。はたして自分は正義といえるのか、と。

 で、ある悪役に出逢ったとき、かれを攻撃しようとすると、「いままで悪いことをしたことがないという奴だけわしを攻撃するがいい!」みたいなことをいわれるんですよ。そうすると、郭靖を初めとする主役キャラクター一同は皆、ためらってしまう。自分が必ずしも純粋な正義とはいえないことを知っているからです。

 ここまでだったら、まあ、現代的なプロットといえると思います。ところが金庸が凄いのはここからで、そこに郭靖の師匠洪七公があらわれ、「わしはいままで何百人も殺したが、全員極悪人ばかりだった。心に悔いるところはひっつもない!」みたいなことをいい放つんですよ(笑)。

 そうすると、郭靖は衝撃を受けて、なるほど、こういうふうに生きていけばいいのか、と納得する(笑)。この理屈は凄いなあ、と思うんですよね。ふつうだったら「正義とはひとつではないのだ」みたいな相対論になるところだと思うんだけれど。

 こういう展開をばかばかしいと感じるひともいるとは思うけれど、ぼくは心底凄いと思う。まあ、うろ覚えの記憶なので間違えていたら謝りますけれど、たしかこんな感じ。金庸はつくづく偉大だなあ、とぼくは思うのでした。