『邪宗門』を読む。


 詩にふれてみようかな、などと書いたてまえ、青空文庫北原白秋など読んでみる。さすがに名前くらいはしっているけれど、そのほかは、高名な詩人だということしかわからない。詩業とか、生涯とか、未知も良いところ。お前は国語の授業で何を聴いていたんだ。

 で、まあ、青空文庫には色々な作品がならんでいるんだけれど、とりあえず有名な『邪宗門』を選んでみる。うわ、何という耽美な詩風。るびなしではほとんど読みすすめられない絢爛たる言葉遣いで、頽廃と懶惰に病んだ世界をあざやかに浮かび上がらせている(ような気がする)。

 所々言葉の意味がわからないところがあるのだけれど(いいかげんまともな辞書を買おう)、それはもうぼくごのみの血もしたたるデカダンス詩集。昔、西条八十の詩集を読んだときも大概耽美だと思ったけれど、それよりもっと烈しく〈夜〉の匂いが漂う。

 むろんいまさらあらためてぼくが讃仰するまでもないのだろうけれど、昔の詩人にはこういう人もいたのですね。あたりまえかもしれないけれど、頁をめくり言葉を一瞥してその音かたちを愉しむには小説より向いているようにみえる。何しろ、物語という夾雑物がない。

 何かひとつふたつ鋭利な言葉にふれたくなったときのため、あるいはペンシャープナーのたぐいとしてでも、何冊か詩集を手もとに置いておくというのは悪くないアイディアかもしれないですね。現代詩はきっともっと難解なんだろうな……。