『13』を読むまえに。

13 (角川文庫)

13 (角川文庫)

 読みさしの『サウンドトラック』を投げ出したまま、初めの何頁かに目を通す。たちまちそこに〈世界〉が立ち上がる。あたかも鮮明な色彩と重厚な音響を伴った映像体験の如く。ああ――これは。この緻密。この豊穣は。いままで目にしたこともないものではないか。『13』。奇妙で意味深な題名を付されたこの長編は、冒頭でぼくを魅了する。

 『サウンドトラック』にも音楽性な文章はある。『アラビアの夜の種族』の言葉は朗々と耳奥に響きわたる。しかし、『13』のこの、語ることの官能に満ち充ちた文体は、より原初的な迫力でぼくを惹く。おそらくは真の天才に恵まれた作家が、その稀有の生涯にただいちど、このような作品をものすものなのかもしれぬ。

 否――まだ冒頭だ。すべてはこれから。何ひとつ始まってすらいない。評価を下すのは早すぎる。いまからぼくはひとり、熱気と生気に充ちた言葉のジャングルを彷徨する。評価はそれからでいいだろう。

 しかし、それにしてもこれは。この小説は。じつに世に珍かな逸品ではないのか。この世に無二の秘宝ではないのか。そのたしかな予感を感じながら、ぼくは一頁、また一頁と捲り続ける。深く。より深く。奥へ。もっと奥へ。それは果てしなくぼくを誘惑する〈世界〉の最奥をめざす旅だ。まだ何ひとつ始まってすらいない。それなのにもうぼくは確信している。いままでにない旅になる。きっと踏破することだろう。