ライトノベル者もそうでないひとも。ミステリ者もそうでないひとも。

退出ゲーム

退出ゲーム

初恋ソムリエ

初恋ソムリエ

空想オルガン

空想オルガン

退出ゲーム (角川文庫)

退出ゲーム (角川文庫)

 今回のタイトル、長すぎるので省略してあるけれど、「いいから黙って初野晴を読め!」と続きます。というわけで、きょうは初野晴ハルチカシリーズ』のお勧め。

 いやいや、そこ往く旦那さんやお嬢さん、このシリーズはいけますよ。一々内容を解説せずに「おれを信じて黙って読め!」と押しつけることは書評ブログにおける究極の禁じ手なのだけれど、いっそその手を使いたくなるくらいおもしろい。

 いまのところ『退出ゲーム』、『初恋ソムリエ』、『空想オルガン』と三冊上梓されており、『退出ゲーム』は文庫化されているので、その文庫から読むのがよろしいかと。

 なお、本来、全三巻で完結の予定だったものの、人気がでたので全六巻にのびたとのこと。さてもめでたきことかな。このシリーズをより長く楽しめることを全初野晴ファンとともに喜びたい。

 主人公は、中学生時代、バレーボール部で挫折を経験した少女、穂村千夏(チカ)。もう体育会系は懲りごりとばかりに高校では吹奏楽部を選んだ彼女を待っていたものは、部員わずか五名という現実。

 しかし、あくまでも音楽に賭ける彼女は、ひそかに恋し慕う恩師草壁に助けられながら、もうひとりの主人公、幼なじみの上条春太(ハル)とともに東奔西走、吹奏楽経験者を探しまわっては入部させ、「吹奏楽の甲子園普門館をめざす。

 と、こう書くといかにもふつうの青春小説のようですが、東奔し西走するハルチカのまえにあらわれるのは、六面とも白のルービックキューブだの、数十年前の初恋の秘密だのといった、魅力的な謎また謎。

 その謎を見事に解き明かすと、なぜか部員が増えているという寸法で、初め五人しかいなかった吹奏楽部には次第に充実した面子がそろってゆく。秀才のハルと天然のチカ、この凸凹コンビが往くところ、次々奇妙な事件が巻き起こっては解決を見るのだ。

 一応、ハルが探偵でチカがワトソンなのだけれど、このワトソンの探偵を尊敬していないこと、麻耶雄嵩の木更津悠也ものに匹敵するかも。何しろふたりは恋のライバル。ハルもまた草壁先生を(性的な意味で)慕っているのである。

 かくして異性で幼なじみで親友でありながら恋愛面では敵どうしという奇妙な関係が成立する。この設定がこのシリーズの妙で、年ごろの男女でありながらベタベタしないハルとチカの関係がとても心地良い。

 もっとも、物語の展開そのものは相当にウェット。一巻に四話ずつ短編が収録されているのだが、どれもこれも泣かせる結末が待っている。それがいやみにならないのは、作者の筆が実に上品で優しいからだろう。

 そう――この作家には、紛い物ではない優しさがある。それは文学的な深みには至っていないかもしれないが、読んでいてとても清々しい。このシリーズの魅力の一つである。

 また、随所に盛り込まれたギャグやパロディ、コミカルな文章も読みどころ。たしかに特別、爆笑できるというわけではないのだけれど、にやにやできることは間違いなし。

 そしてまた何より、チカの一人称からにじみ出るこの瑞々しさはどうだろう。作者は三十代の男性だというのに、十代の少女をあまりに自然に描ききっている。

 その描写はとびきりナチュラルで『霧舎学園ミステリ白書』の100倍キュート(比べるのもどうなのか)。そのまま漫画化して『LaLa』辺りで連載できそうだ。

 キャラクター小説の側面も強いので、ライトノベル読者なら楽しめるのではないか、というのは希望的観測すぎるかな。ま、主人公コンビが恋愛に発展しそうもないところがネックかもしれないけれど、しかし、そここそまさにこのシリーズの魅力なのだから仕方ない。

 ちょっと見てみたいような気もするが、たぶんシリーズを最後まで読みおえても、このコンビがカップルになるところは見れないだろう。

 さまざまな人々の想いをかき立てながら、チカたち吹奏楽部は「吹奏楽の甲子園」こと普門館に一歩、また一歩と近づいてゆく。まあ、現実にはここまでうまくいかないのかもしれないが、ここはおおらかにこの楽しいご都合主義を許したいところ。青春小説としての爽やかさは本作の大きなチャームポイントだ。

 一方、作者は横溝正史本格ミステリ大賞受賞者なので、本格ミステリとしてみても十分に読ませる。専門知識前提の物理トリックがメインだから、その点での評価はそれほど高くならないかもしれない。しかし、取りどりの「謎」そのものがこれくらい魅力的なミステリはめったにないだろう。

 ハルとチカのまえに立ち現われる謎たちは、どれもどこかファンタジックで、解いてしまうのがもったいないようなものばかり。第二作『初恋ソムリエ』ではいくらかミステリ色が薄れたのでざんねんだったが、『空想オルガン』中の「ヴァナキュラー・モダニズム」では必殺の大トリックが炸裂する。

 これがもう島田荘司の『斜め屋敷』にも比すべき大バカ物理トリックで、よくも悪くも強烈な印象。もちろん、そのトリックを成立させるためのディテールの凝り方も一様ではない。本格ミステリのたましいはアイディアではなく細部の処理に宿る。

 とにかく、そういうわけで、まあ、「Something Orange」大推薦の傑作シリーズ。格別、文章技巧が卓越しているわけでも、ミステリとして秀でているわけでもないかもしれないが、いま、これくらい読みすすめることそのものが楽しいミステリはちょっと思いつかない。このとっつきやすさは武器である。もっと有名になるべき作家であり、作品であると思う。

 シリーズの中軸をなす草壁先生の謎もまだ解けていないし、『空想オルガン』の段階では普門館はなお遠い。これからも要注目の作品だ。

 初野晴の『ハルチカシリーズ』。ライトノベル者もそうでないひとも、ミステリ者もそうでないひとも、押さえておいてほしい名前だ。いつかきっと、初野晴の名前が、天下に轟く時が来る――といいな、と一ファンとしてぼくは想うのです。

 オススメ。