新直木賞作家の秀作――『ラットマン』。

ラットマン

ラットマン

 みんな、ラットマンを見ていたのだ。

 直木賞受賞記念に、未読の道尾作品を読んでみることにした。『ラットマン』を選んだことに、格別の理由はない。『シャドウ』でも良かったし、『カラスの親指』でもかまわなかった。ただ、たぶん、どこかでこの作品の評判を目にしたことがあり、それが本を選ぶ指さきにいくらか影響していたのだろう。

 で、『ラットマン』、秀作である。物語は三十路を迎えたアマチュアロックバンドのギタリストを主人公に、ある日、かれが遭遇した、恋人の殺害事件を追いかけてゆく。物語のあいだには主人公が遭遇した過去がカットインされ、それがクライマックスに至って事件と繋がる。

 あるいは、なかなか事件が起こらず、沈鬱な心情描写ばかりが続く展開に苛立つ読者もいるかもしれないが、クライマックスにいたれば、すべてが巧みに仕組まれた伏線であったことがわかる。

 タイトルの「ラットマン」とは、心理学の用語で、思い込みによる錯誤のことを指す。それぞれの登場人物が抱えた思い込みの発覚により、真相がくるりと二転三転する終盤の展開は見事としかいいようがない。最近のミステリとしては手頃な厚さも好印象。

 ただ、謎と、その解決に、本格作家のような偏執的な拘りが感じられることはなく、あえていうならそこら辺が、もの足りないといえばいえるかもしれない。しかし、そのおかげで本作は狭い意味でのミステリ読者以外にとってもおもしろく読める一作に仕上がっているといえるだろう。

 「みんな、ラットマンを見ていたのだ」。主人公の悲愴な覚悟とともに隠された真実が解き明かされるクライマックスは、単なる「意外な真相」という次元を超えて、胸をうつ。

 最近の道尾作品はミステリ色が薄れてきているときくが、それもわかる気がする。このひとは、たとえば麻耶雄嵩のような、謎の整然とした解体のみに異常な執着をみせるタイプの作家とは違うのだろう。

 その意味で、広い層に薦められる優れた小説である。もう何冊か道尾ミステリを読んでみようという気になった。