とあるライトノベルの倫理問題――河野裕『サクラダリセット』。

 少女は剣を佩いている。「リセット」と呼ばれる神秘のつるぎ。世界を屠り去る力。ひとたび彼女が剣を抜けば、世界はたちまち命をおとし、すべてが事前に「セーブ」した状況へと回帰する。

 飛び去った鳥は枝に還り、枯れた薔薇はふたたび咲きほこり、死者さえよみがえって闊歩するのだ。神にも比すべき驚異の力。しかし、彼女が自らその剣を抜くことはない。なぜなら、ひとたびすべてを「リセット」したなら、その効果は少女じしんにまで及び、彼女はそこにいたる経緯を忘れてしまうのだから。

 だから、少女は少年に剣を委ねる。かれの能力は「リセット」をも防ぐ絶対記憶、少女が死んだ世界を忘れさっても、少年はすべてを憶えている。

 それぞれひとつでは不完全な力を持つふたりは、ひと組となって初めて完璧に近づき、ささやかな冒険へとしずかに乗り出す。その力の凄絶な威力に比べ、かれらが挑む事件の規模は小さい。たとえば一匹の猫を救う、それだけのためにでも、ふたりはたびたび世界を殺す。はたしてその行為がしんじつ正しいことなのか、それすらわからぬままに。

 『サクラダリセット』。それは、幾万ともしれぬ能力者が集まる咲良田の町で、指折りの力をもつひと組の物語。願わくは、あとほんの少しだけ優しい世界を。そう祈ったふたりのお伽噺。

 とまあ、ご覧の通り、きょうの記事は河野裕ライトノベルサクラダリセット』の話。この頃、ぼくの観測範囲でよく見かけるので、初巻を読んでみた。なるほど、なかなかおもしろい。

 いまどきのライトノベルとしてはいかにも薄味で、地味だけれど、そのぶん、早春の新緑をみるような爽やかさがある。こういう作品を擁している辺りが、現代ライトノベルの懐の深さなのかもしれない。

 上に書いたとおり、主人公は世界を「リセット」する異能をもつ少女美空と、その「リセット」によってすら失われない完全記憶を持つ少年ケイ。なぜか無数の能力者が生まれる町咲良田で、ふたりはさまざまな能力者とかかわりながら事件に挑む。

 咲良田は人口の半数が何らかの異能をもっているというふしぎな町で、その能力者たちは「管理局」と呼ばれる組織によって管理されているのだ。

 何千何万という能力者がひとつところに住んでいればすぐに問題が起こりそうなものだが、それらの能力はなぜか咲良田を一歩出れば忘れてしまうこともあって、「管理局」の采配のもと、能力者たちは平和に暮らしている。

 そう――無茶といえば無茶な設定である。いくらなんでも、幾千幾万の異能者がひとつの町に住んでいてそうそう管理し切れるはずがない。いや、それ以前に、これほど多彩な能力の数かずが一切活用されることなく放置されていることはいかにもふしぎだ。

 たとえば美空の「リセット」など、いくらでも有効利用のしようがありそうなものである。というか、その気になれば世界征服もたやすいほどの力だろう。お約束、とひと言でいってしまえばそうなのだが、背景世界がうまく構築できているとはいいがたい。

 ただ、本作の主眼がそういったマクロの状況設定にないことも、また、たしかだ。本作の魅力は必ずしもそういうSF的、あるいは本格推理的なところにはない。それでは、どこにあるのか。

 たぶん『サクラダリセット』の最大の魅力は全編にただよう仄かな「優しさ」にあるだろう。主人公のふたりは、いくたびも「リセット」をくり返して、すこしでも優しい世界を作ろうと苦心する。かれらはその強大な力を、たかが猫一匹の命を救うために使うことをためらわない。その切ないような「優しさ」は、たしかにリリカルに胸を打つ。

 しかし、そこでどうしようもなく倫理的な問題が発生する。そもそも、ある個人が自分が思うように世界を書き換えていいのか、という問題である。

 美空が「リセット」してやり直すたび、ケイの行動によって世界はほんのすこしだけ変わる。そこでふたりはより優しい世界を作り出そうとするのだが、それが、どこかの見しらぬ誰かを残酷な運命に導いていないと誰にいい切れるだろう。

 「より良い世界」などというものを、誰が、どのようにして判断できるというのか。ある種全能にひとしい力であるからこそ、使用者にはとても背負いきれないような巨大な責任がのしかかる。

 ケイはある意味、ひとりで世界を背負っているのだ。「リセット」された世界のなかで、かれただひとりが、すべてを自由に改変するための知識をもっているのだから。しかし――ケイは、それでもなお、世界を改変することをやめない。背負いきれるはずもない責任を背負って、より良い世界を目指し選択し続ける。

 続刊でかれの行動がどのように評価されているのか、それはいまはまだわからないが、ここにはしずかな、しかし、かたくななほどゆらがない信念があるようにも思える。何がかれを動かしているのか――それは、これからの巻で明かされるのだろう。

 そういう意味では、たしかに期待の一作である。