『植物図鑑』。

植物図鑑

植物図鑑

 『植物図鑑』。

 SF長編『塩の街』で電撃大賞を受賞してデビューし、以後、着々とベストセラー作家への階段を登りつづけている作家有川浩の恋愛小説。

 ある日、偶然に(というか作家のご都合主義のみちびきにより)道端でひとりのイケメン青年を「拾った」女性と、その青年の恋のプロセスを、さまざまな植物を絡めて綴った作品である。

 と、まあ、ぼくがこういうありきたりの冒頭で文章を始めるときは大抵あまりやる気がないときなのだけれど、今回もその例に違わず、あまりやる気が出ない。

 いや、おもしろいのですよ? とてもおもしろいのだけれど、うーん、何なのだろう、この、背筋を這いのぼる形容しがたい違和感は。何というか、こう――何かが違う。

 べつだん、道端にイケメン青年が落ちていて拾って帰って恋に落ちてしまうというご都合主義を非難しようとは思わない。というか、さすがにそこを責めるのは駄読(さむおれ用語。だどく、と読む。作品の本質を無視したろくでもない読み方を指す)だろう。

 そこは作者もわかって書いているのだからね。すべては現実には(まずめったに)ありえないことと割り切って書かれた大人のお伽噺なのであって、そこに世間一般のリアリティを求めるほうが間違えているのだ。

 Amazonレビューで「男性は速攻回れ右を!これを楽しめるのは恐らく女性に限ると思います(設定が余りにも突拍子もないため)」とあたりまえのことのように書いているひとがいるが、そんなこたぁ、ない。

 たしかにまあ、女性向けの内容ではあるのかもしれないが、だから男性が楽しめないということはない。少なくともぼくはこの程度の荒唐無稽にめげたりしないぞ! もっとはるかにありえない設定の小説や漫画を何冊読んでいるかわからないくらいなんだから。

 だからまあ、そこは良いのだが、ひたすらに甘ったるいコイバナが続く展開も、むしろ楽しく読めてしまったのだが、でもやはり、何かかすかに曰くいいがたい違和感がのこる。

 そう、たぶんこの、徹頭徹尾のリアル志向が受けつけないのだろうなあ。リアル? これのどこが? といわれそうだが、そういう意味ではないのだ。設定こそいくらか荒唐無稽であっても、有川浩の作品は、現実世界の価値しか志向していない、という気がぼくにはするのである。

 それはたぶん、とても健全で健康な価値観ではあるのだと思うが――健全すぎ、健康すぎて、ぼくはどうにも受けつけない。ほとんどの作品で何かしら恋愛が絡んでくる有川作品ではあるが、そこにはどうにもロマンが欠けているように思えてならないのである。

 イケメンで、優しくて、料理上手で、時々オオカミになっちゃう正体不明のカレ――それはいい。いや、ほんとに。でも、何というか、本当にただそれだけしかないのだよなあ。そこに、現世的、世間的な成功や幸福を超える価値が見あたらないのだ。

 それはべつに悪いことではないけれど、リアルよりロマンに生きるぼくとしては、少々辛い。いやもう、小説技巧云々の話ではなく、もっと遥かに深層のところで、この人とはどうしようもなく相容れないという気がする。

 有川さんの小説は、その根っこにある価値観が、リア充志向といえばいいのかなあ、一生懸命働いて、大好きな人と恋愛して、時が満ちたら結婚して、可愛い子どもを作って――みたいなものに見えるのだ。

 くり返すが、ある意味では、それはとても真っ当な価値観ではあると思う。燦燦と照る陽のしたを堂々と歩ける日向者の価値。だけど、そう――たぶん、ぼくと有川さんとでは種族が違うのだろう。

 ぼくはしょせん月あかりのした、薄くらやみのなかでしか生きられない夜のトライブなのだ。とかいうとどこの中二病患者だといわれるだろうけれど、でもねえ、ほんとにそうなんだと思うよ。考えてみれば、ぼくが好きな恋愛小説って、ほとんどが一方、あるいは双方の死か、何かしらの破滅で終わっている気がする(苦笑)。

 「Something Orange」でもたびたび取り上げる連城三紀彦の『花葬シリーズ』とか、それはもう大好きですけれど、ハッピーエンドの話なんてひとつとしてないものなあ。栗本薫の『猫目石』とかね、最後にはもう、ものの見事にロマンしかのこらない。

 健康、成長、幸福、充足といった現世の価値と、もっと遥かに儚く妖しい幻想の価値と。そのいずれが重く、いずれが真実だともいえないだろうけれど、有川さんはたぶん昼のひかりの側の人間で、そしてぼくはやはり、幻燈の夢のなかにしか住めないのだろう、と思う。うつし世はゆめ、よるの夢こそまこと。

 なまじ一見すると空想的かつ浪漫的と映る小説だけに、そこらへんのことがはっきりとわかってしまうのかもしれない。これ一作ならこのままで良いのだけれど、有川さんの作品って、どれも皆こうなのだよなあ。

 いや、それは作家性というものだから、責められることではないのだけれど、もうすこし、昼ひなたのもとでは生き抜けない夜の種族にも優しくてしてほしい気がする……。だれもが運命の恋びととめぐりあえるわけでも、めぐりあわなければならないわけでもないだろうに。

 うーん、そういうわけで、ぼくにとっては、たまに読むぶんには楽しいけれど、読みつづけるほどに何かこうもの哀しい気もちになったりする作家さんなのでした。恋愛小説を読んでもっと素敵な恋したいとかそういうふうに思えるひとにはお勧めです。