『BREAK/THROUGH』について。


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 さて、そういうわけで『BREAK/THROUGH』の感想もぽつぽついただくようになったわけですが、おおむね好評なようで安心しています。で、おそらく読まれた皆さんが気になるのは「これはいったい何なのか?」ということだと思います。

 さあ、何なんでしょうねえ。一応は批評の体裁を取っていますが、批評というジャンルにあてはまらないことはあきらかです。批評と呼ぶにはあまりにも主観的すぎるし、そもそも序章と終章は『エヴァ』の二次創作小説という形式を採っているのですから。

 では、小説なのか、といえばそれもやはり違う。序章と終章以外は一応批評の体裁を取っているわけで、どこをどう見ても小説とはいえないでしょう。これは何なのか。

 入江さんは「書評小説」と呼び、いずみのさん(id;izumino)は「エッセイ」と呼び、果ては「神父(プロテスタントなら牧師)が教会で行う説教」といわれたりする何か、であるわけですが、ぼく個人は「個人の主観に基づくアジテーション」というのがいちばん近いかな、と思っています。

 去る1月2日の「物語三昧オフ」で、もしぼくがナチスの時代に生まれていたらゲッペルスのもとでナチスを賛美するアジテーションを書いていたかもしれないね、という話をしたんですね。

 そうしたらsさん(id:skerenmi)が、それは違う、と。あなたはむしろナチスに対抗する側、レジスタンスのサイドにいたはずだ、と。で、ドイツ中を逃げまわりながらナチスの非を鳴らす檄文を書いていただろう、ということをいうんですよ。

 あとで敷居さん(id:sikii_j)に話したらそうだそうだという賛同を得たので、たぶんある程度正確な評なのでしょう。本当にレジスタンスに入る勇気があるかどうかはともかく、性向として。

 ぼくの文章に何かしらの価値があるとすれば、それは世間の主流、強いもの、大きいものに対して、何かしらのレジストを熱く主張する、その「熱」にあるに違いありません。

 で、ここ2,3年「Something Orange」が停滞していたのは、それにもかかわらず「Something Orange」自体がひとつの権威になってしまい、たたかうべきものが見定められなくなってしまったからだと思います。

 同じように反権威を貫こうとしても、しばしば弱い物いじめのようになってしまう。あとまあ、ネットにおける自分とリアルにおける自分の乖離などといった問題もあって、ここ数年のぼくは本当に冴えない状態が続いていたと思います。

 しかし、とここでようやく話が同人誌に戻るのですが、この『BREAK/THROUGH』はその突破口となりえるかもしれない一冊になっています。この本は一から十までぼくの主観で書かれています。批評、評論的な客観性の担保が全く、というほどではないにしろ、ほとんどありません。

 この本を楽しめるかどうかはひたすらにぼくの主観に共感できるかどうかにかかっているといえるでしょう。したがって、これは、強烈な共感を生む反面、大きな反発をも生む本です。だからこそアジテーションなのです。

 この本のメッセージは「人間賛歌」といわれたりしますが、まあ、たしかにそうでしょう。人間がいかに美しく、すばらしくありえるものか、その孤独な、しかし決して孤独ではありえないたたかいの賛歌、読めばわかりますが、そういう本になっています。

 もうね、書き終えて、売って、結局ぼくに書けるのはアジテーションでしかないんだな、と思いましたね。ひとには色々向き不向きというものがあって、ぼくにはこれが向いているんだな、と。理路整然とした評論文なんて書こうとしても書けるものじゃない。

 どれほど嫌われても、反発を受けても、それでもぼくにはこの道しかない、逆にいえば、この道がある。そういう覚悟が据わった気がします。まあ、これからもあっちへ揺らいだりこっちへかしいだりすることでしょうが、とりあえずはそう決心しました。

 そういうわけで、海燕が贈る、この10年の総決算、一世一代のアジテーションです。いまから見れば色々まずいところもありますが、そういうところも含めて、なかなかおもしろい本になっていると思います。ご一読いただければ幸いです。