『道徳という名の少年』。

道徳という名の少年

道徳という名の少年

 桜庭一樹の短編集だ。いままだ読んでいる最中だから、評価も、裁断も、下しようがないのだが、しかしこれはやはり、何とも桜庭一樹らしい本である。新進作家として注目を集めはじめてから数年、桜庭一樹は日々、年々、桜庭一樹らしくなっていくかのようだ。

 では、その桜庭一樹らしさとは何か、といえば、これはむずかしい。それはたとえるなら薔薇の刺を差した指から流れる落ちる血の紅、あるいはその濃密な芳香、そのようなものである。

 桜庭の世界は何とも甘く、妖しく、うつくしく、それでいて、そう、あまりに生々しい。この、何とも形容しがたい生々しさ、生と性、即ち肉の感触こそが桜庭の作品群を特別なものにしている。それらは毒の土壌に咲く紅すぎる妖花なのだ。

 しかしそれにしてもまあこれは、何と濃密な匂いを放つ花なのだろう――それは、おそらくは「女」なる不思議の幻想の生きものの匂いである。桜庭の世界はあまりに女らしい。その豊かさは女性的なるものの豊かさであり、その蜜のように流麗な文体もまた、ひどく女性的だ。

 ぼくなどは、そこに、決して理解が届かない異世界を見てしまう。それは、男たちが愛し、憎み、求め、忌み、しかし生涯到達しえない、女たちの秘密のエデンである。そこで女たちは歌い、踊り、生き、交わり、そして時には涙しながら死んでゆく。

 そんな、妖しいエロティシズムに充ちた、狂ったお伽噺が五つ。いずれの作品も、ただ、珠玉、とそういうには、過剰になまめいたものばかり。そして、ラテンアメリカ文学を思わせるその世界は、数珠つなぎになっていて、一つの、摩訶不思議な物語世界を形作っているようだ。

 『道徳という名の少年』。禁断の幻想世界を覗き見るための、魔法の望遠鏡であるかのように。