ご報告。


 さて、そういうわけで――も何もないのですが、「Something Orange」閉鎖騒動にかんするご報告をさせていただきたいと思います。この件にかんしましては、多くの方にご心配をおかけいたしましたこと、まずはお詫びさせていただきたいと思います。

 そのうえでご報告させていただきますが、とりあえず、早急にブログをとじるつもりはありませんので、ご安心ください。少なくとも同人誌を上梓する予定の12月までは宣伝広告媒体としてのこしておかなくてはなりませんし、そのあとも、おそらくすぐさま畳むことはないでしょう。

 ブログというメディア自体が既に古いものになりつつあるわけで、いつかは「次」に移る選択をすることになるでしょうが、いますぐに、という意思はなくなりました。もう少し電子書籍バイスが普及したらPDFファイルで記事を配る、ということも考えますが、いまのところはそれもマイナス面のほうが大きい気がします。

 今回はいろいろ考え、悩み、どうしたものかと思い煩いましたが、けっきょくはじぶんなりに全力を尽くすよりほかない、というあたりまえといえばあたりまえの結論に至りました。

 ぼくは「Something Orange」の前身にあたる最初のサイトを作ってから、そろそろ10年になります。そのあいだに、多くの失敗も経験しましたし、幾たびサイトをとじてしまおうかと考えたかわかりません。特に悩まされるのは、ウェブサイト上のじぶんと等身大のじぶんの乖離でした。

 ひとは弱いものです。あるいは少なくともぼくは弱い人間です。その弱者たるじぶんがいかにしてネットで縦横無尽に活動するか、ぼくの選んだ手段は「もうひとりのじぶん」を作り上げ、その人物にすべての痛みと、苦しみを負ってもらうということでした。

 弱く脆いぼくでも、じっさいのじぶんとはかけ離れた人格でもって鎧っておれば傲然としていられるわけで、この「もうひとりのじぶん」には随分助けられました。しかし、時が過ぎ、サイトもじぶんも歳経ていくなかで、「もうひとりのじぶん」とじっさいのじぶんとの乖離は深刻になっていきました。

 「もうひとりのじぶん」とはいっても、しょせんそれは本当のじぶんの一部であるに過ぎません。「もうひとりのじぶん」の行動の責任は本当のじぶんが負うよりほかにないわけです。

 だから次第に、「もうひとりのじぶん」は手に負えない存在となっていきました。ぼくの理想と願望で生まれたこの「もうひとりのじぶん」は、ある種、ぼくのコントロールを超えた存在となってしまったのです。

 そこで、10周年という機会に、この「もうひとりのじぶん」をとこしえに葬り去り、ふたたび単なるじぶんとして生きていく、ということを考えたわけですが、そのことを発表してみると、予想以上に反響が大きく、それではぼくの作品であるこの「海燕」という人格も随分親しまれていたのだな、とあらためて思い知ったしだいです。

 「海燕」、ぼくのペルソナ、ぼくの鎧、ぼくがたったひとり世界に対峙するための道具。しかし、既に「海燕」や「Something Orange」はそれ以上の存在であるのかもしれません。すべて皆様方のご愛読とご厚情のお陰と感謝しております。

 もはやここまできたら、生みの親たるぼくにすら「海燕」を殺すことは許されないのかもしれません。しかし、かれもまた仮初めとはいえ生きた存在である以上、時とともに変わっていきます。今後はおそらく、「海燕」もしだいに生身のぼくに近づいていくことでしょう。

 時は過ぎ、花は散り、日は沈み、ひとは変わる。何一つ同じままありえるものはない。たしかにそうとしったうえで、それでもなお、新たな何かを模索していく、おそらくはそれがひとが生きるということなのでしょう。

 ぼくもまた、新しい時期に入ったようです。願わくは、今後とも「海燕」と「Something Orange」をよろしくお願いいたします。浅学菲才の身の上ながら、微力を尽くしていきたいと思うしだいです。

 では。