ニュートンの運動の第三法則を漫画に適用してみた。


 Wikipediaによると、運動の第三法則とは、

力が相互作用によって生じるものであり、一方が受ける力と他方が受ける力は向きが反対で大きさが等しいと主張する経験則である。作用・反作用の法則とも呼ばれる。

 ということです。

 で、ぼくが何をいいたいかというと、この第三法則を物語の作劇にもあてはめることができるんじゃないかということ。いや、できるわけないのだが、とりあえずそれは目を瞑って、できるという話を進めていこう。海燕の物語の第一法則と呼んでもらって結構。

 どういう意味かというと、何らかの嘘と欺瞞を孕んだ物語(作用)がヒットすると、その作品と正反対の雰囲気の二次創作が書かれる(反作用)という法則が成り立つんじゃないかという話。この場合のサンプルケースは『らき☆すた』とか『けいおん!』辺りのいわゆる「空気系」。

 ほとんど諍いもいじめもスクールカーストも存在しない微温で非現実的な「仲良し空間」を描いたこの系統の作品には、たとえばこなたが自殺しちゃったとか、メンバー間でいじめが発生したとかいう二次創作がやたらに多い。なぜか。それはつまり反作用だと思うんですよ。

 つまり、ひとは一切いさかいのない世界という「嘘」に憧れはするが、同時にそこに敏感に欺瞞を感じ取り、その「嘘」を告発したくなるんですね。現実はこんなものじゃねえよ、と。これはフィクションの根本的な原則だと思う。『ドラえもん』とか『サザエさん』にかんする暗い都市伝説が流れるのも同じ理由による。

 ただ、同じ空気系の『ARIA』あたりは比較的その手の反作用二次創作を見かけない気はする。なんでだろ、とTwitterで話したんだけれど、『ARIA』は「ネオ・ヴェネツィア」という架空の世界を舞台にして、あらかじめ「これは嘘ですよ」というエクスキューズを行っているために、比較的反作用が小さくて済んだんじゃないか、という話だった。

 『ハルヒ』あたりにもけっこうありますよね。告発系/反作用系二次創作。現実にハルヒみたいなキャラがいたら(けっこういると思う)、あんな楽園的な世界を築けないでしょうから、まあそれは当然。

 でも、物語というものは「嘘」だからおもしろいうという一面がある。「正義は勝つ」とかね、そういう「嘘」を排除してしまった物語に何がのこるかというと――空虚なリアリズム以外の何物でもないのではないか、とぼくは思うのです。

 「嘘」を「嘘」と承知で貫き通すのが、たぶんいちばんおもしろい物語。「現実にこんなことありえねえよ」というのは物語に対する批判としてはごく初歩のものに過ぎないってこと。

 ちなみに冬コミで発売予定の同人誌ではここらへんのことをより詳細に書いておりますので、よければ買ってください。と、さいごは宣伝。