愛が物語を停滞させる。


 『ONE PIECE』がおもしろいよ〜。先日、『ONE PIECE』にかんしては他の人が散々書いているから書かなくてもいいよね、といったばかりだけれど、前言を翻して書こうと思う。それくらいいまの『ONE PIECE』はホットだ。

 世界を騒がせた白ひげと海軍の「戦争」が終わり、新章突入となったわけだけれど、新しいエピソードに入っても物語の勢いは衰えないばかりか、さらに加速していくように見える。

 話が進むにつれて当初の勢いが衰えていく作品が少なくないなか、この作品だけは「別格」というしかない熱さである。

 以前にも書いたけれど、大長編物語というものは放っておくとあとになればなるほど展開が遅くなる。ごくあたりまえの話で、あとになるほど処理しなければならない情報が増えるからだ。

 『ONE PIECE』でいえば初期はルフィの行動だけを折っていれば良かったのが、そのうちゾロやナミのことも追わなければならなくなり、エースのことも描かなくてはいけなくなり、あとシャンクスのことも少しは、と、自然、描写すべき事項が増加していく。

 それを放置すれば展開は遅くなるばかりとなる。たとえるなら大木がひたすらに枝をのばしていくのに似ているかもしれない。大きな木ほど枝の数は多くなる。それを一々描写していては展開がスローになるのは当然なのだ。

 そこでエピソードの「伐採」が必要になってくる。つまり、描くべきエピソードを取捨選択して、必要ないエピソードはばっさりと「切る」必要が出てくるのだ。

 『ONE PIECE』でいえば、いまはルフィの冒険に焦点を絞ってかれとはぐれた仲間たちのことは無視している。むろん、いつかはルフィと再会し合流するのだろうが、いまのところはかれらの冒険はほとんど描かれない。かれらのエピソードは刈り取られたのである。

 これは英断だと思う。物語の描写をルフィに絞ったからこそ、いまの『ONE PIECE』の破格に熱い展開があるといえるだろう。

 しかし、じゃあそれなら何もかも初めに描いた設計書どおりに描写していけばいいのかというと、そうでもない。書き進めるうちに生まれたものを内蔵した物語には、計算どおりの物語にはない魅力があると思うからだ。

 『グイン・サーガ』でも『大菩薩峠』でも『氷と炎の歌』でも例はなんでもいいのだが、優れた物語はしばしば自走性を持ち、どんどんエピソードがエピソードを生んでいく。自然、それらの物語はさいしょの予定より長くなる。

 それでいいのだ。そういう奔馬のような物語であるからこそ、おもしろい。そこにはあらかじめ立てられた予定から少しも逸脱しない物語とはまた違う蠱惑があるのである。

 その意味で「終わらない物語」はやはり物語のひとつの理想だろう。物語が物語を生み、育て、永遠に続いていく物語――その魅惑。しかし、同時にそういう物語は読者をはてしなく疲弊させる。

 永遠を孕んでしまった時点で、物語は物語でなくなり、単なる現実世界の写し絵となってしまうのではないだろうか。

 だから、あらゆる大長編物語の理想とは「終わらない物語を終わらせる」ことだと思う。しかし、これはもう字面を見ただけで指南の業であることがわかる。あきらかに矛盾しているのだ。

 いい方を変えるなら、それは読者にいつまでも続いてほしいと思わせながら終わらせるということになるだろう。だが、そういう作品は本当に希少だ。ぼくが思い出せるのはいくつもない。

 『十二国記』も『アルスラーン戦記』も『ベルセルク』も『ファイブスター物語』も、物語が始まってから何十年も経つにもかかわらず、未だ結末にたどり着けていない。『グイン・サーガ』などは、遂に完結を見ることなく終わった。

 これらの気宇壮大な物語は、まさに気宇壮大であるがゆえに、物語がすばらしく自走しているために、まともな完結にたどり着けずにいるように思える。

 特に『ベルセルク』などは、初期と比べるとどうしても物語が停滞している感覚を覚える。適当な「伐採」が怠られているような印象があるのだ。

 個人的には、『はじめの一歩』や『おおきく振りかぶって』あたりも、もう少しエピソードを刈り込んでほしいと思う。作者のライフワークであることはいいのだけれど、あと何十年読んだら終わりにたどり着くのかという気が遠くなるような感覚はやはり辛い。

 個人的には、作者に「伐採」をためらわせるのは、じぶんの作品への愛情なのではないかとも思う。その作品を深く愛するがゆえに、軽々にエピソードを切り取ることができなくなっていくのではないか。そして人気作になればなるほど、その愛情を止めるひとはいなくなる。そして物語は完結しなくなる。

 そういう意味で、もし『ONE PIECE』が完璧な完結を遂げたならば、まさに前人未到の物語になることだろう。そしてそうなる可能性は大いにあるように思う。あと十年はかかるかもしれないが、その日を見てみたいものだ。

 その日は、日本の漫画史に燦然たる金字塔が打ち立てられた日として永遠に記録と記憶にのこされることになるだろう。そういうふうに考えると、あしたを生きていく気力がわいてくるよね。