ライトノベルに「文脈」はあるのか?


 何を書こうか悩んでいたところ、リクエストがあったのでミステリの「文脈」について書くことにしましょう。

 まあ、ある程度ミステリを読んでいる人間にとっては常識以前の知識なのですが、ミステリ、特に本格ミステリには過去から連綿と続く文脈というものが存在します。

 つまり、このトリックはあの作家が生み出したこのトリックの亜流だ、とか、この犯人像はあの作品に出てくるあの犯人を思わせる、とかいう長々とした影響の系譜がある。

 その系譜を延々と辿っていくとどこに行き着くかというと、天才エドガー・アラン・ポーの短編小説『モルグ街の殺人』に行き着くというのがまあ、一般常識です。

 もちろん、異論はあって、中国の公案ものも本格と呼べるとか、オイディプス神話は本格にあたるとかという意見もありますが、一般的とはいえないでしょう。少なくとも『モルグ街』起源説がいちばんポピュラーであることは間違いありません。

 で、その後、ドイルとかチェスタトンとか、乱歩とか正史とか、色々出てきて色々あっていまに至る、と。で、その「文脈」をきっちり押さえておくとミステリのおもしろさは確実に増します。

 同じトリックでも基礎編と応用編があって、基礎編を知っていると応用編がよりおもしろく感じられたりするわけです。たとえば連城三紀彦の某長編はチェスタトンの某短編の応用だよね、とか。そういうことをより詳しく知っているひとがミステリマニアだといえるでしょう。

 しかし――しかしです、さっき「一般常識」と書いたけれど、ここらへんのことも、当然のこと、ミステリ読み以外にとっては常識ではないわけです。『モルグ街』くらい読んでいて当然、という理屈はほんとの数少ないミステリファンの間でしか通用しない。

 それも、あたりまえですが、時代があとになるにつれて、昔の作品を読んでいない読者は増える一方であるわけですよね。だって、いまの作品を読むだけでも精一杯なんだから。そうそう昔の作品を読めるはずもない。

 もちろん、いまの作品を制覇しつつ過去の作品を網羅する剛の者もいないことはないでしょうが、数的に少なくなっているとは思います。

 ついでにいうとミステリ業界には「文脈」だけではなく、専門用語も色々あるんですよね。倒叙とか叙述トリックだとかミスディレクションだとかいう用語は、まだしも言葉面を見れば意味がわかりますが、レッドヘリングとかバールストンギャンビットなんて用語は知らない人は意味を推測しようもないでしょう。

 で、ミステリの海にずぶずぶにはまりこんでいるひとはついこういう知識を「常識」だと思ってしまうんだけれど、ほんと、知らないひとは知らないんですよね。そしてまた、知らないことは悪いことではない。それは不勉強だと謗るひとがいたら問題です。

 しかしまあ、現実問題として、ミステリを楽しむということは、個々の作品を楽しむことだけではなく、個々の作品の背景にある文脈をきっちり押さえることの楽しみであるといえるとは思います。

 で、以前はわりとそういう教養主義的な楽しみ方が王道であるという認識が広く支持されていたと思う。綾辻行人は『十角館の殺人』を物したとき、読者がクリスティと比較して読む可能性を意識したでしょうし、その当時は本格ミステリとは「そういうもの」だったのだと思います。

 さて――それと対照的なのがライトノベル業界です。よくライトノベルには「いま」しかないといわれます。たしかに、過去からの影響の系譜がないわけではないけれども、ミステリやSFに比べるとあきらかに少ないように感じられる。

 たとえば、『ロードス島戦記』や『スレイヤーズ!』がライトノベルのクラシックであることは間違いないところでしょうが、これらの作品がいまのライトノベルに強烈な影響を与えているとは思えません。

 あかほりさとる深沢美潮の作品にしても同じことでしょう。ライトノベルにはミステリにあるような「文脈」が存在しないのです。

 むしろ、ライトノベルにとって重要なのは、同時代のアニメ、ゲーム、漫画などからの影響でしょう。その結果、ライトノベルはある種の門戸の広さを維持しているように思えます。

 過去の作品について何も知らなくても楽しめるという気楽さは、ライトノベルの大きな魅力です。その意味で、ライトノベルはやはりSFやミステリとはひと味違うようです。まあ、そのためにジャンル的に成熟することなくここまで来たということもいえるかもしれませんが。

 ただ、それもここに来て変わってきつつあるかもしれません。最近は過去のライトノベルの名作に影響を受けたと語る作家もいますよね。それはライトノベルの世界にも「文脈」が、「歴史」が生まれたということを指しているようにも思えます。

 それでも、ライトノベルがミステリのように確固たる「文脈」を見出す日が来るとは思いませんが、すこしずつ「ライトノベルマニア」のような存在も生まれてくるかもしれません*1。10年後どうなっているか、楽しみにしたいところです。

*1:ただライトノベルをたくさん読んでいるひとを指しているわけではない。