二次創作が原作を超える可能性はあるか?


 いまさらながらPS2の『コードギアス LOST COLORS』をプレイしている。

コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS

コードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORS

 『コードギアス』第一期と第二期の間に出された作品で、ロロなどのR2キャラも一部登場する。基本的に第一期の物語を追いかけていくのだが、そこに記憶喪失の主人公が介在することで物語は新たな展開を見せる。

 ルルーシュと同じ絶対遵守のギアスを持つこの主人公が何者であるか、謎と答えをかいま見せながら進む物語はかなりおもしろい。『コードギアス』未見の人には全く勧められないが(何が起こっているのかわけがわからないと思う)、ファンなら遊んでみて損はない出来だといえるだろう。

 ただ、システム周りがいまひとつ、ふたつの出来で、特に既読スキップが効かないのはどういうわけなんだ! 検索してみると、メッセージスピードを上げることで改善されると書いてあるサイトもあるんだけれど、改善されないですよ?

 そうかといってオートメッセージをオンにすると未読文章まで飛ばしてしまうしなあ。同じイベントを複数回見ることが前提のシステムなので、この欠陥は致命的。もし改善方法を御存知の方がいらっしゃったら教えてください。

 さて、同時期にマジコ!作の漫画版『コードギアス』を読み上げた。

コードギアス 反逆のルルーシュ 第8巻 (あすかコミックスDX)

コードギアス 反逆のルルーシュ 第8巻 (あすかコミックスDX)

 こちらは第一期、第二期を通した『コードギアス』全編を全8巻で描き出している。全50話を8冊にまとめるわけだから、当然、駆け足の展開になっているし、あまり出来のいい漫画ともいえないが、それでもラストのルルーシュとナナリーの会話は泣ける。

 この世でただひとり愛する妹ナナリーのために世界に反逆したルルーシュ。しかし、かれの行動は当のナナリー自身によって否定されてしまう。だれよりも深く愛し合いながら、まさにそれゆえに対立し対決しなければならなくなるふたり。『コードギアス』全編のなかでも特に好きな場面だ。

 『LOST COLORS』にもルルーシュやナナリーは当然登場するが、そちらではかれらの運命は異なる方向に進む。そこには原作には存在しなかったある種のハッピーエンドも存在する。原作では悲劇的な死を遂げた人物たちが、ここでは生きのび、幸福を発見する。

 原作がたどり着くことがなかったもうひとつの可能性。それはぼくのような原作ファンの心を優しく癒してくれる。

 とはいえ、実はぼくは以前はこの種の二次創作に対して否定的な意見の持ち主だった。原作で死んでしまった、あるいは悲劇的な末路を迎えたキャラクターを二次創作で救済する、それはどうしても欺瞞のように思えたのだ。

 原作の展開を無視し、じぶんにとって都合のいい展開を選びとることは原作の否定ではないか、そう思っていた。いまは違う。この手の二次創作はある種の追悼の儀式なのではないか、と考えるようになった。

 たとえば、ある人物の葬式に集まった人々が亡き人の思い出を口々に語り合ってその人を偲ぶように、二次創作によって「こんな可能性もあったのだ」「しかし、そうはならなかった」とたしかめることはひとつの慰めをもたらすのではないだろうか。

 それは、必ずしも原作の否定ではない。原作は原作として厳然とそこにあり、その運命は決して変えることのできないものとして受け容れるしかない。しかし、そのことを認めた上で、「もしかしたらこうだったかもしれない」と夢を見ることは、そう悪い趣味ではないだろう。

 それは、じっさいにはそうはならなかった、という寂しさを抱えていて、よりいっそう原作の素晴らしさを感じさせるはずだ。あらゆる二次創作の根源的魅力とはそこにあるような気がする。

 そういう二次創作が成立するためには原作の物語がしっかりしている必要がある。原作が絶対的な迫力を備えていればいるほど、その物語をずらした二次創作もおもしろいものに仕上がるだろう。

 だからまあ、何だかんだいって、パロディだけが流行ってオリジナルが衰えるということはありえないかな、と最近は考えるようになった。オリジナルが衰えたならば、やはりパロディも同時に衰えるだろうと思う。

 二次創作が質的に原作を乗り越える可能性はあるし、じっさいにそういう作品もいくつか出てきているように思う。しかし、それでもなお、その二次創作が原作なしに生まれえなかったことは変わりない。やはり質の高いオリジナル作品は絶対的に必要なのだ。

 二次創作に原作を超える可能性はあるか、と訊かれたら、ぼくは、ある、と答えるだろう。しかし、それはあくまでクオリティの面の話であって、その必要性において二次創作が原作を超えることはありえないと考える。パロディなきオリジナルはあっても、オリジナルなきパロディはないのだから。

 その意味で、パロディを志向する人間は、やはり原作に対して一定のリスペクトを抱いている必要があるのではないだろうか。『LOST COLORS』にはそれがあると思う。だからこそ、この作品は上質の二次創作たりえている。二次創作はこれで十分だ、もっと斬新なものや革新的なもの、それはやはりオリジナルに求めたい。