ライオンさんからひと言。


 はてこ氏(id:kutabirehateko)の日記が表現規制関連で話題を呼んでいる。話題が複数の記事に跨っているので取り上げづらいのだが、まず、最も大きな反響を呼んだこの記事から取り上げることにしよう。

相当非力な男性でも、先方はわりと余裕をもって私を押し倒せる。私の方は相手にケガをさせないようになんて思っていたら、まったく抵抗できない。殺してしまっても仕方がないと覚悟して、あらゆる手段を尽くさないと抜け出すこともできない。

(中略)

私が彼らの中にいてレイプされずにいるには、この人達の理性と良心に頼るしかない。どんなに強くなりたくても、生白い腕でキーボード叩いて漫画読んでゲームやってる男子に圧勝される。陵辱エロレイプ漫画をクローゼットにどっさり持っている、ワキガの臭う私の友だち。

(中略)

私が男性を怖いと思うのはね、じゃれてるライオンや熊を怖いと思うのと同じなの。

私に出来ることは熊やライオンが自分を襲わないでくれることを願うことだけなの。

 非常にわかりやすい共感できる内容だ。それは怖いだろう、と思う。ぼくはこの記事単体に対しては全面的に認める。問題はべつの記事ではてこ氏が表現規制に賛成する趣旨の記事を書いていることである。

それでもポルノは有害だと思うしある種の“表現”が規制されることはいい面があると思う。

まあAVもエロゲも全部なくなってくれて構わないんだけれど、控え目にいって小児性愛、拷問、レイプ、盗撮、痴漢系のポルノは存在自体が有害。

(AVは出演するお嬢さんたちの人生を考えると全面的になくなってほしい。エロゲはなぜかあまり注目されないけど、実はかなり依存性が高いからその辺の害についても考えた方がいい。これはまたいつか別に書きたい。)

小児性愛、拷問、レイプ、盗撮、痴漢系っていうくくりは何かというと、実際に被害にあって苦しむ人がいるモノということで、それを性的な娯楽として楽しむことが大っぴらに許容される文化はよろしくないと思うから。

 このふたつの記事を合わせて読むと、はてこ氏は「女性を怖がらせるような作品は規制されるべき」と主張しているように思える。ぼくはこの意見には賛成することはできない。

 「怖い」と感じることは自然だし正常だと思うけれども、だからといってそれを法規制の根拠にしていいとは考えない。だれかが怖いと感じるものを片端から規制していったら、ぼくたちはあっというまにおそろしく不自由な社会に住む羽目になるだろう。

 たとえば、「外国人は何を考えているのかわからなくて怖い」と考えているひとは日本中にたくさんいると思う。しかし、だからといって即座に外国人の権利を制限していいということにはならない。情緒は情緒、法は法なのである。はてこ氏はまた書く。

止めることの出来ない脳内ファンタジーならいざ知らず、あなたやあなたの愛する人の悲劇がおかずとして流通する文化ってどうよ、っていうこと。

この種のおかずのよさについて熱く語る人たちは、自分が個人的な性欲を満たすために食い物にされる側に苦痛や脅威を与えながらおかずを楽しんでいるという自覚をもっていただきたい。

 ぼくはべつだん、犯罪系の「おかず」を好まないけれども、そういう作品がだれかに「苦痛や脅威」を与える可能性は把握している。把握した上で、それでもなお、それらを規制するべきではないと考えているのである。

 それはたしかにある種の「暴力」であるかもしれないが、他の表現と決定的に違う意味で「暴力」であるとは考えない。あらゆる表現がだれかを傷つける可能性を秘めている以上、その「暴力性」を基準にして表現を規制していいということにはならないと思う。

 はてこ氏はまた、「もしも私が教師だったら女教師レイプモノが好きと公言する同僚や生徒のいる学校では安心して働けない気がする」と書いているが、それはむしろセクシュアル・ハラスメントの問題であって、表現規制の問題ではないように思う。

 この場合、問題なのは、女教師レイプものが好きと公言する同僚や生徒の態度であり、女教師レイプものが流通していることではない。

 だから、仮に表現規制が進んで女教師レイプものが市場から駆逐されたとしても、問題は解決しない。「女教師をレイプする妄想が好きだ」と公言する同僚や生徒がいたら同じことだからである。

 はてこ氏はこうも書いている。

問題はポルノメディアを通して実際に性犯罪が起こるかどうかではなく、性的な興奮を得るために人権を無視したファンタジーを流通させるのは当然だと言う思想なんだよね。

犯罪が増えなければ、あるいはこれまで諸外国と比べて少ないのならば、物語の中で女性や子どもを虐げていいという考え方。物語の中で食い物にされる側に感情移入する立場の人がまったくいないという前提。

 ぼくはべつだん、そのような前提は持っていない。「物語の中で食い物にされる側に感情移入する立場の人」もそれはいるだろう。それらの人にとって、そういった表現は暴力的だろう。

 しかし、だからそれらの表現を規制していいということにはならない。くり返すが、だれかが「怖い」とか「おぞましい」と感じるからという理由で表現を制限してはならないのである。

 付言すると、この問題を「じぶんの権利を主張するばかりの男性」と「その犠牲になる女性」という構図で読みとくことはできない。なぜなら、規制が進めば、女性向けポルノメディアを愛好する一部の女性の権利も損なわれるからである。

 表現規制が進行すればレディースコミック、ティーンズラブボーイズラブなども当然、規制対象になることだろう。レディコミにもTLにもBLにもレイプ描写がある作品はたくさんある。

 その描写は実は男性向けポルノとは意味も位相も異なるものなのだが、それでもレイプ描写には違いない。お上は見逃してはくれないだろう。

 はてこ氏の意見には女性からも批判が寄せられている。単純に「男性対女性」という構図で読み解ける問題ではないのである。まさか女性なら反倫理的ポルノを楽しんでもかまわないというわけではあるまい。

「しかしそのような関係でしか性的な興奮や満足を得られない性的な弱者ともいえる人々にとって、そのような作品は必要不可欠です」

小児性愛と強姦は性愛のひとつの形ではなく明確な暴力ですよね。暴力的な描写に耐性がつき、そのような描写を探し求める依存状態にある人、また本当に暴力によってしか性的な満足が得られない人は第三者からの助けや、何らかの治療が必要かもしれないと思います。そういう人に暴力的な性行為を描いた作品を与え続ける責務が社会にあるとは思いません」

 もちろん、「そういう人に暴力的な性行為を描いた作品を与え続ける責務が社会にある」とはぼくも思わない。ただ、そういうひとに暴力的な性行為を描いた作品を与え続けることを禁止する権利がないだけである。

表現の自由についてどうお思いですか」

表現の自由とは表現したものが及ぼす影響についての責任を伴なうものだと思います。正当なものであれ、不当なものであれ批判や非難にさらされることもあるでしょう。誰も不当で一方的な非難はされたくないと思いますが、表現されたものに対していっさいの批判や非難をするべきでないとは思わないのではありませんか。私もそうです。そして小児性愛や強姦を娯楽として扱うことは非難されて当然だと思います」

 ぼくもそういう作品は道徳的非難を受けても仕方ないと考える。しかし、ここで問題になっているのは、道徳的非難ではなく、法的規制なのではなかったか。意図的なのかどうかはわからないが、はてこ氏は複数の問題を混同していると思う。

 はてこ氏は男性をライオンに喩える。なかなか巧妙な喩えだ。ぼくは思うのだが、ライオンがライオンであることは罪ではない。ライオンだってライオンに生まれたくて生まれたわけではないのだから。

 とはいえ、ライオンにはライオンとしての責任があることはたしかだろう。ライオンはウサギと共存していくやり方を見つけなければならない。しかし、それはウサギの要求に際限なく譲歩していくことではないであろう。

 以上、ライオンさんからひと言――ひと言って量じゃないな、これは。