だれでも罵倒する人間がどうしても罵倒できないもの、なーんだ?

ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)

ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)

 いまさらながら、読了。

 タイトルこそ過激だが、中身は意外に真っ当。たしかにその通りだな、と思わせられる。匿名の脊髄反射コメントと、罵倒、揶揄、冷笑、嘲弄の嵐――それがネットの一面の真実だ。

 もちろん、ネットには素晴らしい人もいれば、おもしろい記事もある。しかし、争いごとや差別発言があまりにも多い。ネットをやっていると大半の日本人はどうしようもない連中なんじゃないかと思えてくるほどだが、じっさいには少数の一群が大量の意見を垂れ流しているだけなのだ。

 ぼくはひとを批判することが悪いとは思わない。しかし、「正当な批判」という錦の御旗を得たとき、ひとがどれほど醜悪になるものか、ネットはそれを余す所なく見せてくれる。

 それでもメリットがあるからこそネットを使い続けているわけだが、時々、ネットに、というか人間にうんざりする。「ウェブはバカと暇人のもの」だとは思わないが、ほっとくとバカと暇人に占拠されかねないもの、ではあると思う。

 ネットをやっていていちばん思うのは、ひとは他人を批判することは大好きだが、自己批判することはできないものなのだな、ということだ。ネットではあらゆる人物が批判と罵倒のターゲットになるが、唯一、「自分自身」だけは無垢なものとして放置される。

 どんなに口汚く他者を罵るひとでも、「だれかを批判するじぶんを批判すること」だけはできないものなのだ。みんな、じぶんだけは賢くて、失敗や間違いを犯したりしないと思っている。だからひとのことを呵責なく叩けるのだ。

 くり返すが、ぼくはひとを批判することが悪いとは思わない。しかし、ネットにおける「批判」は、その実、単なる根拠のない罵倒であったり、ただじぶんが嫌いなものの欠点をあげつらっているだけであったりする。そのくせ、皆、じぶんがだれかに批判されることだけは耐えられないのである。

 ネットはそういう人間にとってたしかに楽園である。匿名でひとの悪口を並べ立てることくらい楽しいことはない。ネットでは無名の一市民が、どんな有名人より強いのだ。ネットで有名人の悪口を書きまくれば、その有名人より偉くなった錯覚に酔える。

 もちろん、その場合も、本人には悪口を書いている、などという自覚はない。じぶんはとてつもなく崇高な制裁を実行しているのだ、と心から信じているのである。何もおかしくもないことを印象だけで勘違いしてあざ笑う人間のなんと多いことか!

 こう書くと、そういうお前はどうなんだ、といわれることだろう。そう、ぼくもまた、そういうネットを形成するネットユーザーの一人であるに過ぎない。だから、ぼくにできることはそういう負の世界へ落ちないよう自戒することだけだ。それが成功しているかどうかは読む人に任せる。

 とにかく、ネットは人間の真実の姿を見られる場所ではある。ひとの不幸が大好きで、他人のミスは絶対に許せないが、じぶんには際限なく甘い。それが人間の一面の真実だ。すべてだとは全く思わないが。