眼高手低。


 眼高手低という言葉があります。字義通り、作品を見る目だけ肥えていてそれを作り出す腕がないひとのことを指す。で、ぼくなんかその典型だと思うんですね。

 何しろ毎日何かしら本を読む生活を四半世紀にわたって続けているから、見る目はそれなりに肥えている。しかし、それを生み出す能力はないわけで――これはなかなか辛いな、と。

 『ローレンス・ブロックのベストセラー作家入門』に、日曜画家や日曜音楽家に比べて日曜作家が少ない理由、と称する文章が書かれていました。

 つまり、音楽はいくらへたでも空中に消えていってしまう、絵は失敗作なら塗りつぶせばそれまでだ、しかし、小説はへたの証拠が目の前にのこる、だから辛いのだ、というのですね。

 もちろん極論だけれど、一理あると思う。素人小説書きの辛いところはそこに尽きる。いくらがんばってみても、どうしようもない作品しか生まれないし、その証拠は目の前にのこされるのです。

 それなら、どうすればいいかというと――「それでも書く」しかないんだよなあ。書いて、そして考える。それをくり返すしかない。その壁を乗り越えたひとだけがまともなものを生み出せる。

 ま、最初から巧いひとも、それはいるかもしれませんが、そういうひとはやっぱり少ないはずなんですよね。大半の人は、つたない時期を乗り越えて成長している。

 そうでも思わないとやっていられないべさ、というお話。