あの名作が売れない理由。

 生まれてはじめて新城カズマの本を手に取って、今この文章を読んでいるあなた。
 はじめまして、ようこそ。けっして後悔はさせませんので、安心してお読みください。この物語は、面白いです。

あとがき

 新城カズマ15×24』第1巻を読み終えた。東京都心を舞台に、15人の若者たちの24時間の行動を追いかけた作品で、いまのところ、大傑作!というほどでもないけれど、なかなかおもしろい。で、この作品、いま、はてな界隈で少し話題になっている。

知人と『「15x24」が評判良いんだけど売れてないような気がする』という話になったので改めて取り上げてみます。

集英社SD文庫から刊行されている、新城カズマ氏の新作。現在3巻まで刊行済みで、完結まで毎月刊行予定とのこと。

上記二つの記事もブックマーク数は多いし、読書メーターの感想も好評多めなんですよね。

まんたんウェブでここまでブクマ伸びるのも珍しいなぁ、という一面も。

ただ、各種売上データだとそれほど上位にきてるわけではありません。

1巻と2巻が同時発売された時の大阪屋データをみても、ちょっと苦しい感じです。

内容は面白いのですが、手に取って貰うまでが難しいのかな・・・と思ったりも。

 ようするに作品の質に売り上げが見合っていない、という話ですね。ま、ほんとに売れていないのかどうかはよくわからないんだけれど、たしかに、書店でもあまり見かけないかも、などとは思う。

 で、この記事を受けて、

最近のライトノベルは、ジャンルが固定化されてきたというか、こういう類の作品が大きく売れる土壌がなくなってきてるように感じるな。逆に、ライトノベルとの境目がすでに失われて等しいミステリーとして売った方が、いいんではなかろうか。ミステリーの方が、トンガった作品とか作者に優しいでしょ。

 こんな意見や、

思うに、「ジャンルが固定化されてきた」というより「売れるほうに流されている」のではないでしょうかね。「こういう類の作品」=マニア受けするマニアック作品、に対する「売れ線狙いの萌え作品」=気軽に読めるカジュアル作品があるとして、「マニアック作品が大きく売れる土壌がなくなった」のではなく、「カジュアル作品が売れ出したので相対的にマニアック作品が軽視されるようになった」ということなのではないかと。ただしソースもデータもなし。

個人的な印象としては、マニアック作品は当たればデカいが外れることのほうが多く、カジュアル作品は一定以上の数を堅実に売り上げるが爆発的なヒットはない、という感じです。

 こんな意見が出ていたりする。

 個人的には「ミステリーの方が、トンガった作品とか作者に優しいでしょ」という意見はどんなものかな、と思う。

 この場合の「ミステリ」とはいわゆる本格推理小説のことだと思うけれど、本格の世界も必ずしもあまり「トンガった作品とか作者に優し」くはない気がする。

 たしかに一時期の本格はエッジのトンガリ具合だけで勝負しているような作品がたくさん出ていたけれど、そういう作品が商業的に成功しているかというと、そうでもない。

 結局、ラノベだろうが本格だろうが、あるいはSFだろうが時代小説だろうが、実験的、先鋭的な作品は、やはりなかなか商業的な成功とは結びつかないのだ。

 もっとも、『15×24』がそういう先鋭的な作品化というと、そんなこともないと思う。この小説、多数の登場人物が出てきて多様な行動を採るにもかかわらず、おそろしく読みやすい。ラノベのなかでも読みやすい部類に入るんじゃないかな。

 たしかに技巧的には実験的な試みをしているけれど、それが少しも押し付けがましくなっていない。この小説を「マニアックな作品」の代表のように語るのは、個人的には少し違和感がある。

 それでは、なぜ、『15×24』はヒットしないのか。それは、フックが弱い、ということに尽きるんじゃないか。読んでみないとおもしろさがわからない小説はなかなか売れないのである。

 あたりまえのことだが、読者は基本的に未読の状態でその本を買うべきかどうか判断する。だから、ある本が売れるためには「まだ読んでいない状態で読めばおもしろいだろうと推測できる作品」であることが重要である。

 そこがねえ、『15×24』は弱い気がしますね。とりあえず第1巻の時点では、「とにかく泣ける」とか「このキャラがかっこいい」とか、そういうひと言で説明できるようなわかりやすい魅力に欠けている気がする。テクはすごいんだけれど、それって説明しづらいんだよね。

 もちろん、それは一概に悪いことではないだろう。しかし、商業的に見ると、やはりこの手の作品は厳しいのではないか。『このミス』でランクインするとか、そういう「お墨付き」が付けば、また別かもしれないけれど。うーん、むずかしそうですね。

 読者を惹きつけるフックが弱い作品は、それが名作だろうが傑作だろうが売れ行きが伸びない可能性が高いものなのだ。逆にいうと、そのフックがつよい作品は、内容がいまいちでもベストセラーになったりするということですね。

 最近のライトノベル業界でいちばんつよいフックになるのは、いわゆる「萌え」だろう。とにかく可愛い女の子を出しておけ、ということ。ただ、「萌え」はより広い読者層に対してはネガティブに働く可能性がある。

音楽の方では、J-POPが低調で相対的に萌え系ソングが上がってきている、という状況ですが、ニコニコ動画はその逆で、市場を大きくするためにマニアックな“萌え”を切り捨てようとしているようです。そしてライトノベルの場合は、さらに市場が小さいので、その中でも手堅く売れる“萌え”に頼ってしまっている、そういうイメージです。

注:ライトノベルにおいては萌え作品が売れやすいのでカジュアル作品=萌え作品となりますが、本来ならば萌え作品はマニアックの側に属するはずのもので、そのあたりややこしいですね。

 ま、あたりまえの話で、世の中、ロリロリした目の大きい女の子のイラストに魅力を感じる人間はやっぱり少数派なんだよね。その少数派をターゲットにした作品は、より多数の読者を逃がすことになりかねない。

 だからこそ、『十二国記』や『デルフィニア戦記』はイラストを外して出しなおすことで、そういった読者層を開拓しようと試みたわけだ。

 「萌え」的な要素の薄い『15×24』はうまくすればそのままでそういう読者層に受け容れられる可能性がある。ただ、いまのままではそういう読者を惹きつける要素が薄い。だから、現時点ではヒットには至っていない。だいたいそんなところだろう。

 で、まあ、「売れない名作」を広めるのが「口コミ」の力であるわけだが、こういう作品は口コミで広めるのもなかなか大変だと思う。「十数人の若者たちが自殺しようとする少年を止めようとする話」って説明しても、まあ、読みたくならないよなあ。

 さっき、「いまのところ、大傑作というほどじゃない」みたいなことを書いたけれど、この作品、たぶん傑作である。何となくそんな匂いがしている。いやね、後半で爆発するための伏線をしいている匂いがね、ぷんぷんするんですよ。

 でも、このままでは、商業的にはいまひとつのまま終わりそうだ。読書オタが集まったときなんかに「あれはおもしろかったねえ」と語られて終わる過去の名作、そういう位置づけになりそうな気がする。

 ざんねんだけれど、どうしようもないよなあ。だって、似たような構成の超名作『428』だって、たいしてヒットしなかったんだもん。いや、ほんと、何とかしたいんだが。

 うーん、平和さんが「「平和の温故知新」が選ぶ今年の最高傑作」とかに選んだらいいんじゃね?