一萌さんと将軍さま。


 また過去ログを漁っていたら、懐かしい記事を見つけたので再掲しておきます。いちばん最初の引用文は朝日新聞サイトから抜き出したものです。


――アニメや漫画の少女に基本的人権があるのでしょうか?

 「絵で描かれていても、少女たちの人権を侵していることには違いありません。相次ぐ犯罪から少女たちを守るためには、法的規制が絶対に必要だと判断しています。日本ほど児童ポルノが放置されている国は世界にない」

 むかしむかしのことです。お偉い将軍さまが居わす京の都に、一萌(いっちも)さんという名高いお坊さんが棲んでいました。いつしか一萌さんの立派な噂は将軍さまのもとまでもとどき、あるとき、将軍さまは一萌さんを試してやろうと思い立ちました。実はそのとき、どうにも解けない難しい問題で頭を悩ませていたのです。

 将軍さまは一萌さんをお城に呼び寄せると、一冊の漫画を見せて大げさな顔でため息をつきました。そこには萌え萌えな美少女が裸で縛られている絵が描かれています。

 「実はのう、一萌。最近、このような漫画が出版されることは人権侵害だと申すものどもがおるのじゃ。むろん余が治める都でそのようなことがあってはならぬ。いずれこのような本の規制に乗り出すつもりじゃが、その前に高名なお主にこの娘の人権を救済してほしいのじゃ」

 将軍さまは疲れた顔で首を振ってみせましたが、もちろんいくら偉いお坊さんでもそんなことができるはずがありません。ただ噂に名高い一萌さんに、難しい問題で恥をかかせてやれば少しは気が晴れるかと思ったのです。

 しかし、将軍さまが驚いたことに、一萌さんはちょっと考えてから、にっこりと笑ってこう云いました。

「将軍さま、それでは私が娘の人権を救済してさしあげます。娘に着せる服をいただけますか」

「なんと申す。それさえあれば娘の人権を救済できると申すのか」

「はい、たしかにその娘の人権を守ってみせましょう」

 一萌さんは余裕しゃくしゃく、将軍さまから服を受け取ると、そっと腕に垂らしました。しかし将軍さまは心のなかで笑いを堪えられません。そんな真似ができるはずがないではありませんか。ところが、そのとき一萌さんはこう叫んだのです。

「さあ、それでは私がすぐに服をかけますから、将軍さまは娘を漫画本から追い出してください」

「な、なんじゃと! 漫画本から娘を追い出せじゃと!」

 将軍さまは思わずうなってしまいました。小憎たらしいことを言うものです。いくらうまく描かれていてもしょせん絵は絵、二本足で歩くもので従わぬものはない将軍さまでも、そんなことはできません。けれども、一萌さんの顔は真面目です。

「ええ、是非お願いいたします。追い出してもらわなくては、娘の人権を守ることもできません。さあ、どうぞ、こちらはいつでもかまいませんから」

「ばかを申せ!」

 とうとう、将軍さまは怒り出してしまいました。

「小癪な奴め、そんな言い草でやりこめたつもりか。いくら余が将軍でも、絵から娘を出すことなどできるはずがなかろう」

「しかし、将軍さま。それでは人権を守れません」

「まだ余をばかにするつもりか! 絵に人権などあるはずがないわ!」

 一萌さんは慌てず騒がず、静かに微笑んで服を置きました。

「その通りです、将軍さま。うまく描けてはいても、絵は絵、命もないものに人権があろうはずもございません。それなのに、なぜ私に絵の人権を守れなどと仰るのですか」

 将軍さまはハッとして、思わず怒りも吹き飛んでしまいました。

「うーむ、まいった。余の負けじゃ。なるほど、絵はあくまで絵、命も心もないもの、ましてや人権などあろうはずもない。わかりきったことであったのに、それを理由に下々の者の楽しみを規制しようなどと、余の過ちであった」

「さすが将軍さま。これで都のオタクどもも喜ぶことでしょう」

 こうして、一萌さんのとんちのおかげで、都で漫画が規制されることはなくなったのです。めでたし、めでたし。