『双子の騎士』でわかる手塚治虫の天才。

先駆者としての手塚治虫には敬意を払いつつも、この人のマンガを面白いと思った事が無い。マンガがまだ「ガキの読む物」「悪書」だと言われていた時代の人だ。当時の漫画家の地位なんて今とは比べ物にならない。競争相手なんて(今と比べると)居ないも同然の時代なら、ちょっと本気で取り組めば何を描いても「斬新」で「一番乗り」が簡単に出来た。やりたい放題がそこそこ許された時代だったはず。(同じ理由でガンダムの監督の人もそうだと思うんだよね。それなりにやりたいようにさせてもらえた時代であれば、今でも成功する人間は沢山居ると思う)

 だれもが思うことだろうが、何を読んだんだろう。

 ひとの評価はそれぞれだろうが、そのパイオニアとしての先駆的業績すべてを取り払って、一漫画家として眺めてみても、手塚治虫はやはり偉大だと思う。ていうか、いま読んでも普通におもしろいし。

 その才能は多岐にわたるが、ぼくがもっとも高く評価するのは構成力、「物語を作る力」である。

 昔、『双子の騎士』という作品のあらすじを書いたことがある。これを読んでもらえれば、手塚の構成力のすさまじさの一端がわかるのではないか(当然ネタばれなので注意)。

 物語は、かつて「リボンの騎士」として活躍したシルバーランド王妃サファイアが産んだ双子の子供の最初の誕生日から始まる。


 そろって愛らしいデージィ王子とビオレッタ姫は宮廷でも人気を二分し、それはやがてどちらが王国を継ぐかを巡って貴族のあいだで争いが起こるまでになる。しかし、前作にも登場した天使のチンクによって後継者は王子のほうに定められる。


 ところが、ここで事件が起こる。ビオレッタ姫の即位を望む悪人ダリヤ公爵夫人によってデージィ王子は誘拐され、怪獣ズボラの棲む森に捨てられてしまうのである。


 後継者である王子の失踪が巻き起こす混乱を恐れた国王は、姫を王子の身代わりとすることを考える。これより先、ビオレッタ姫は一日ごとに王子と王女の役を演じることになるのである。まさに「リボンの騎士」である母の運命をなぞるかのように。


 一方、王子もそのままズボラに食われて死にはしなかった。捨てられたかれを哀れんだ小鹿のパピが助けたのだ。


 この赤ん坊を育てるため、彼女は森の女神に頼んで人間の姿を与えてもらった。ただしそれは夜の間だけのこと、しかも王子が彼女の正体に気がついたら彼女は死ななければならないのだった。


 それから長い年月が夢のように過ぎ、王子は小鹿の弟として育てられている。だが成長したかれは、姉のため森のなかで鹿を弓で狙うのだった。


 皮肉にもパピは自分が育てた子供に命を狙われる羽目になったのだ。しかしそれでも自分の正体を語るわけにはいかない! 哀れなパピはやがてこの子に殺されてしまう運命なのだろうか……?


 その頃、シルバーランドのお城ではビオレッタ姫が一日ごとに一人二役を努めなければならない運命に苦しんでいた。おまけにあのダリヤ公爵夫人が彼女の正体について虎視眈々と目を光らせているのだ。


 そんな折り、「白の王子」と「黒の王子」を名乗るふたりの王子が城を訪れ、ズボラの森での狩猟を申し出る。


 姫は王子の姿をとってかれらと供に狩りに出かけるが、ダリヤ公爵夫人の陰謀から黒の王子の怨みを買い、白の王子に救われることになる。そして彼女は白の王子にほのかな恋心を抱くのだった。


 黒の王子は腹立ちまぎれにあの小鹿のパピを捕らえるが、白の王子はズボラに襲われて大怪我を負い、城に戻ることになる。


 ビオレッタは治療を受けた白の王子の前に本来の自分の姿であらわれ、愛を誓いあうのだった。自分が少女に変身するそのさまを黒の王子に見られていることにも気付かず……。


 その夜、人間の姿に戻ったパピは牢を抜け出し、偶然から自分の育てている子供がデージィ王子であることを知る。


 そのままなんとか城から逃げ出した彼女は鹿の姿になって森へ戻り、運命を呪う。人間に姿を変えてまで育ててきた大切なあの子を王子として城へ戻すべきだろうか?


 だが、パピに決断を迷う猶予はなかった。彼女の姿に気付いた王子の矢によって射殺されてしまうことになるのである。


 いまわの際に人間に戻った彼女は、王子にすべての事情を話し、宮廷に戻って悪を討つよう薦める。心ならずも姉の命を奪うことになってしまった王子は、二度とけものを殺さないことを誓い、怪獣ズボラを倒して森の動物たちから感謝されるのだった。


 その頃、城では事態が風雲急を告げていた。ついに一人二役の秘密を知ったダリヤ公爵夫人がそのことで国王親子を脅し、かれらを監禁して政治の実権を握ったのである。


 しかも国王に出される食べ物には毒が混ぜてあるらしい。このままでは親子とも命は長くない。この危急の事態において、サファイアはふたたび「リボンの騎士」の姿になり、毎晩娘に剣を教えた。


 やがてビオレッタは母の姿を受け継いで「リボンの騎士」となり、ネズミの力を借りて城から抜け出す。兄の消息を求めて小鹿のパピのもとへ赴くのだ。かれさえ見つかれば何もかも正常に戻るはずだった。


 しかし、彼女が見つけ出したのはデージィがつくったパピの墓だけ。すべての消息は途絶えてしまったのである。


 ただすすり泣くことしかできない彼女を拾ったのは「ジプシーの女王」エメラルド。公爵夫人の兵に追われるビオレッタはここでジプシーの仲間に匿われることになる。


 だが、占い師は彼女が仲間に災いをもたらすと予言する。いつかエメラルドの身にも危険が及ぶと。


 そして男装したまま対旅をつづけるうち、彼女はジプシーの少女たちのあいだで人気者になっていった。


 ついに「彼」はエメラルドと結婚してジプシーの後継者となることを求められるが、どうしてそんなことができるだろうか。


 そしてまた、双子の片割れデージィ王子は森で育って世間知らずのため、正面から城を訪れていた。公爵夫人たちは、ビオレッタ姫とそっくりの顔立ちのかれを王子の偽者として使うことを決める。何と本物の王子が王子の偽者を務める羽目になったのだ!


 そんなとき、ジプシーたちは偶然に白の王子と黒の王子の兄弟が棲む館を訪れる。ビオレッタは彼女の正体を察した白の王子によって黒の王子の魔手から守られるが、エメラルドを救うため、入ってはいけないといわれていた「黒ばらの園」へ立ち入る。


 ばらのいばらはなぜかどんどん伸びて館を取り囲み、ジプシーたちは館に閉じ込められることになった。ふたりの王子はそれぞれ白ばらと黒ばらの化身だったのである。ここに占い師の言葉は現実となった。


 しかし、ジプシーたちは白の王子に教えられた道を通って館から脱出することに成功する。ビオレッタだけは白の王子から授けられた金のばらを持ったまま。


 ジプシーたちは水攻めにあうが、ビオレッタとエメラルドのふたりは金のばらの力で助かる。しかし出た先は入ったものは二度と出られないというカゲロウの森。ふたりは偶然助けたカゲロウの力を借りてなんとか脱出を試みる。


 そんななか、ビオレッタが女であることがエメラルドにばれ、ふたりは仲違いしてしまう。しかし、それでころではなくかれらの身の上には金のばらを狙う魔女の手が迫っていた。


 ビオレッタは金のばらを剣に変えてなんとかこれを撃退するが、彼女たちを道案内したカゲロウは助からなかった。カゲロウの命はそもそもただ一日。彼女はその命をビオレッタたちのために使って死んでいったのだ……。


 それもつかの間、追いかけてきた黒の王子によってビオレッタは刺されてしまう。黒の王子の言葉によって彼女の真実の姿を知ったエメラルドは、なんとかジプシーの仲間を見つけ彼女の命を助けようとする。


 苦労の甲斐あって、エメラルドはなんとか仲間のもとへ辿りつくが、占い師はビオレッタを助けるためには彼女の命が必要だという。


 それでもいいというエメラルドの願いを受けて、占い師は魔法の薬を使うが、なぜかふたりとも命は助かった。旅の途中でエメラルドが助けた狼が彼女の代わりに死んでいたのだ。


 死の影を振りきったふたりのもとにしかし凶報が舞い込む。国王夫妻の葬式が開かれるというのだ。命を賭けてでもその場に忍び込むことを誓うビオレッタ。そしてエメラルドも彼女に力を貸すことにした。


 ビオレッタはふたたび「リボンの騎士」となってその場に乗りこむが、皮肉にも兄デージィの手によって行動を阻まれてしまう。


 ビオレッタは両親の墓所に逃げ込み、ふたりが仮死状態にあることを確かめてそこから逃げ出す。だが、これでビオレッタ姫だけでなく「リボンの騎士」にも追っ手がかかることになってしまった。もうこの姿は使えない。


 そこでビオレッタたちは一計を案じ、料理女の格好で宮廷に入ることにする。だが、頭につけたリボンのせいでビオレッタの正体はすぐにばれてしまう。


 逃げ出したビオレッタは王子の服を着て王子に成りすましなんとかその場を誤魔化す。しかしその場に本物の王子が! 幼い日に分かれたふたりはついに再会し、たがいの事情を語り合うのだった……。


 協力した双子はダリヤ公爵から国王夫妻の仮死を解くすべを聞き出し、かれを破滅させる。だが、ふたりの前に最後の敵、黒の王子がばらの怪物の姿で立ちふさがる。


 ビオレッタは金のばらの力でこれを撃退し、そのおかげで白の王子は人間になることができた。


 悪事が露見したことを知りその場から逃げ出そうとしたダリヤ公爵夫人は、ビオレッタが脱いだ料理女の服で変装し、彼女と間違えられて刺し殺されてしまう。悪は滅びたのである。


 エメラルドは自由を求めて去っていった。そしてデージィ王子は国王として即位し、双子はようやく家族全員で暮らすことができるようになった。


 もっともビオレッタが二度と変装しなかったのかどうか、それはだれも知らない。そう、彼女のことだから、きっと……。めでたしめでたし。

 以上である。これだけ話しただけでも、この漫画の波瀾万丈のおもしろさはそれなりに伝わったと思う。

 この作品は「リボンの騎士」の続編ではるが二番煎じではない。主人公がふたりいることから場面転換が多く、しかも双子のどちらも危機また危機の連続なので、読者は全く飽きることがないし、その双子の入れ替わりの趣向にしても二人一役と一人二役が絶妙に入り組んでいる。

 また、夜だけ人間になって王子を育てるものの最後には王子に殺されることになる小鹿のパピや、一日だけの命を他人を救うことに使って死んでいくカゲロウなどは、そこだけ抜き出して考えてみればさながらギリシャ悲劇の趣があるといえる。

 前作における主用人物の天使のチンクが端役で登場したりとファンサービスも欠かしていないし、キャラクターの魅力も充分だ。

 殊に小鹿のパピやエメラルドなどの女性キャラクターの可愛いこと! また、冒頭で天使のチンクが棒を倒して決めるまで、王子と王女のいずれが国を継ぐか決まっていなかったということからは、手塚がいかに現代的な思想の持ち主だったかがうかがえる。

 「王子が国を継ぐのが当たり前」という設定にしてもよかったはずなのに、わざわざこんな挿話を創っているのだから。そのうえ、ビオレッタとエメラルドの関係にはほのかな同性愛の香りさえ嗅ぎ取れるときている!

 現代においてこれほど複雑な構造の物語が子供向けに描かることはめったにないだろう。否、大人向けでもどれだけあることやら。あらためて手塚治虫の天才の片鱗を見る思いである。これだけの作品が代表作のうちに数えられすらしないというのだから。

 さらにすさまじいのは、これだけの内容でありながら、この物語は一冊で完結しているということ。手塚がいかにスピーディな物語の展開を繰り広げた作家かよくわかるのではないか。

 今日の少年漫画でしばしばある大会の予選のひとつの試合を何巻もかけて描くことがあることに較べるとまさに雲泥の差である。もちろん、細かい部分を丁寧に描いていくことによって傑作となった作品はたくさんある。

 しかし、ただ一巻にこれだけの内容を詰め込んで破綻なく完成した作品を前にすると、現代の漫画の描き方そのものに疑問が沸いてくるのを止めることはできない。

 手塚の巨大な才能は、その業績は、いまなお、漫画に「問い」を投げかけてくる。いや、やっぱり天才でしょう、このひと。

双子の騎士 (手塚治虫漫画全集)

双子の騎士 (手塚治虫漫画全集)