少女漫画最後のタブー。


 ペトロニウスさんの『ヱヴァ:破』記事がおもしろい。

 正直、この映画はネットの批評にいまひとつ満足するべきものを見つけられずにいたんだけれど、これには感服させられました。ペトロニウスさんが書く記事は長ければ長いほどおもしろいなあ。

 もっとも、ぼくが取り上げるのは実はその『ヱヴァ』の記事ではなく、そのなかに引用されている『彼氏彼女の事情』の記事。

僕が津田雅美さん(全作品を所有!!)を好きなのは、

人間のドロドロに暗い側面

と、

同時に解放されたときの聖性を帯びた美しさ静謐さ

を「同時に見てしまう」人だからです。

主人公たちはのた打ち回りながらも、永遠に反復する業の輪を断ち切ろうと、もがいています。この手の作品は、庵野監督のエヴァンゲリオンで頂点を見た、過剰な自意識を支えきれない弱さのみをクローズアップする視点から、やや踏み出しています。そこは、すごく好感が持てる。

 この意見を否定するつもりはないんだけれど、ぼくの場合、『カレカノ』の結末には非常に納得行かないものがのこったんですね。そこで、どこが納得いかないのか具体的に見ていってみようと思います。

 といっても、単純な話ではあるんですよ。あるひとりの人物の描写が気になるというだけのこと。

 その人物とは、主人公の片割れである有馬総一郎の実母、涼子。物語の後半、いわゆる「有馬編」になって初めて登場する人物で、総一郎が幼い頃、かれを虐待していたという過去をもっています。

 そのことは総一郎の心に深い傷をのこし、かれの心に闇を形づくっているんですね。総一郎は彼女に捨てられてからしばらくのあいだ、義父夫婦に育てられることになるのですが、あるとき、涼子はふたたび総一郎の前に表れ、かれを翻弄します。

 いわばこの物語における唯一最大の悪役というべき存在がこの涼子なのです。

 で、ぼくが気にいらないのはまさにその涼子が「悪役」としてしか描かれていないことなのですね。あまりにも人物描写が浅薄だと思うんですよ。

 そもそも、『カレカノ』という作品は、登場人物に対して非常にフェアな作品なのです。

 非常に色々な個性をもった人物が登場するんだけれど、そのひとりひとりのそれぞれ異なる生き方が認められている。

 もちろん、男性だから、女性だからということで特定の生き方を押し付けられることもないし、能力の差もまた個性として認識されているように見える。

 そういうなかで、ひたすらに「悪」として描写される涼子の描写には非常に違和感がのこるものがありました。彼女ひとりだけ、さいごのさいごまでその個性が認められることもなく、単なる「バケモノ」として処理されてしまうのです。

 ネタバレになりますが、最後は総一郎の実父が彼女に銃を突きつけ、「二度とこいつの前に表れるな」と脅しつけるところで終わっています。

 ペトロニウスさんがいうところの「永遠に反復する業の輪」を断ち切るために、対話と相互理解によって解決を図るのではなく、暴力で脅迫して自分の目の前から追放してしまうわけですね。

 これはたしかにひとつの解決といえば解決なのだけれど、ぼくにはあまりにも無理があるように思えた。総一郎の実父はきわめて魅力的なキャラクターとして描写され、和解が描かれているのに対し、母親のこの極端な描写は何なのか。

 じつは、こういう母親像は少女漫画におけるひとつの類型であると思います。ぼくは「少女漫画における悪い母親」と呼んでいるんだけれど、すぐに思いつくのは『八雲立つ』でやはり主人公を捨てた母親が、極端に生々しい、女性の負の側面の顕現のような描写をされていたことです。

 また、萩尾望都残酷な神が支配する』において虐待される主人公を傍観した母サンドラは、この種の母親像の極北のような人格といえるでしょう。

 これらの人物に共通しているのは、自分の幸福のために子供を見捨てた、という一点です。少女漫画においては、やはり、子供を捨てることは非常に大きなタブーとされているのではないか、ということが推測できます。

 自分の幸福のために子供を捨てることが、肯定的とはいわないまでも否定的でなく描かれている作品があるかとちょっと考えてみたんですけれど、ぼくは思いつきませんでした。

 単なる「恋する母親」を描いた作品なら入江紀子に『ママの恋人』というそのままのタイトルの作品があることを初め、よしながふみ『愛すべき娘たち』や槇村さとる『イマジン』など、いくつか例が浮かびます。

 しかし、子供を捨てて恋を選んだ母親を否定的でなく描いた作品というと、これは思い当たらない。ひょっとしたらあるのかもしれませんが、ぼくは思い浮かびませんでした*1

 あらゆる禁忌を侵犯してきた少女漫画における最後のタブーとして、この「悪い母親」があるのではないか、という気がします。

 ここらへんを明るくさばさばと描きぬいた作品が出てくるようになると、また状況は変わってくるのかな、と思いますね。既にあるのかもしれませんが。

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*1:『CHIPHER』では最終的に和解しているけれども。