愛にひざまずいたりしない。


 恋愛漫画の話が出ているので、この作品にふれておこうと思う。

 あらゆる恋愛漫画のなかでも、不朽の名作だとぼくがかってに思っている吉村明美麒麟館グラフィティー』である。

 過去に何回かふれたことがあるが、詳しく紹介したことはなかったように記憶している。しかし、これは読むに値する作品である。もう二○年も前のものだし、特別有名というわけでもないが、それでも実に稀有な作品だと思う。

 物語は、初めは平凡なラブコメディのように始まる。容姿、才能、実力、すべてを兼ねそなえた完璧な男、秀次のもとから妻の菊子が逃げ出すところから開始するのだが、この時点ではごくありきたりの恋愛ものとしか見えない。

 ところが、ある衝撃の事実があきらかになる辺りから風向きが変わってくる。その事実とは、秀次が菊子に暴力を振るっていたこと。何もかも完璧に見えた男は、実は妻に平然とドメスティック・バイオレンスを行う冷血漢だったのだ。

 そこから、菊子を守ろうとする主人公の妙と秀次の闘争が始まる。ありとあらゆる手段を用いて菊子を取り返そうとする秀次に対し、妙は怒りに燃えながら立ち向かっていく。

 この妙と秀次のすさまじいまでの舌戦が、この作品の骨子である。

 そのたたかいを通して、初め悪魔のようだった秀次は次第に人間味を取り戻していく。そして妙はそんな秀次のことを愛するようになってしまう。また、秀次の方も妙のことを深く想うようになっていくのだった。

 秀次は長いあいだそのことを認めようとしなかったが、あるとき、遂にその想いを告白する。それだけなら、やっぱり少女漫画だね、最後は恋愛に回収するんだね、という話になるだろう。

 ところが、物語はそこでは終わらない。そのとき、秀次は妙に向かってこう問いかけるのだ。

「菊子を殴るときには毛ほども罪悪感を感じなかった俺が 君を殴りその口から血が出たのを見ただけであわてた この違いをどう思う 菊子のことは「犬猫以下」と思い 君のことは人間としてどころか対等な「女」として意識してきた この違いを君はどう思うんだ うれしいか? 誇らしいか? 菊子の顔なんか血まみれになったところでかまいはしないが 君の顔なら抱きしめてやると言ったら この違いを君は受け入れることができるか!?」

 妙は答える。

「「できない」と言わせたいんでしょうけど その手には乗らないわよ 自分のしてきたことを思えばいまさらだれかを愛そうなんて虫がよすぎる これ以上自分にかかわっても不幸にするだけだからあたしをふった ――って言えば聞こえはいいけど 結局自分の肩の荷を軽くしているだけじゃないの あたしがあんたをあきらめてほかのだれかと幸福を見つけでもすれば あんなたはあたしの人生に責任をとらなくてもすむってことだもの ただの責任のがれよ! あんたがだれのことも愛さないのは愛する資格がないからじゃないわ 自分のしたことを償うのが面倒だからよ! だれかの人生にかかわるのなんかまっぴらだからよ!」

 恋人同士の語らいには程遠い壮絶な舌戦。

 このふたりのやり取りは一事が万事、こういうふうである。恋愛漫画に付きまとう甘い印象はこの作品には全くない。

 かれらにとって愛するとは対決することであり、互いを論破しようと死力を尽くすことなのだ。妙はたしかに恋するが、恋を前に自分を曲げてしまうことはない。どれほど深く愛していてもその愛の前にひざまずかない。

 だから、妙は秀次を愛しても人間としての「格」を落とさない。あくまで秀次と対等であり続ける。この作品全体が、「恋愛至上主義の罠」に対するひとつのアンサーになっているとぼくは思う。

 妙はいう。

「あきらめるよりケンカしてるほうが楽しいって言ったでしょ あれ 本当よ ケンカ相手としてあんな手応えのあるヤツっていないわ まるで体中油さしたみたいにすごい速さで頭がまわるの あたしってこんなに頭よかったっけって思うくらい 煮えくり返るほど腹たってんのに 同じように火花散らしてるあいつ見てたらゾクゾクしちゃうのよ 「ああ これだな」…って わかったわ あいつはあたしにとって最高のライバルよ 負けたくないわ 許したくないわ 許して愛さなくなるのはもっといや」

 ここにぼくはひとつの可能性を見る。

 恋に溺れない恋もあるのだ。愛にひざまずかない愛もあるのだ。炎のような恋愛を抱えて、なお、自分自身であり続けることは可能なのだ、と。

 名作です。ぜひ、恋愛漫画嫌いの方もご一読ください。

麒麟館グラフィティー (1) (小学館文庫)

麒麟館グラフィティー (1) (小学館文庫)