アイドルを経、放送作家を捨て、紙芝居プロデューサーになった男。


 17日の毎日新聞に、こんな投稿記事が載っていた。

 50歳を超えて、第三の人生をスタートさせることになりました。職業は「プロ紙芝居師」です。
 10代のころはアイドルグループの一員で、「紅白歌合戦」にも出場し、20代の後半からは放送作家として二十数年間、数々の番組を担当してきました。しかし、ふと気付くと、〝そこ〟には何も燃えるものを感じられなくなっていました。
 このまま、その仕事に執着していれば収入や生活もそこそこ維持できたでしょうが……。しかし、私にはどうしても我慢ができませんでした。
 その時、ふと目にしたのが「紙芝居オーデション」の広告でした。思い切って受けに行くと、何と合格!
 そこに来ていた役者さんや、落語家さんと共に過去の経験を活かし、「紙芝居プロデューサー」として残りの人生を懸けることにしました。

 アイドルを経、放送作家を捨て、紙芝居プロデューサーへ!

 こんなひともいるのだな、と、名前を確認してみると、今村良樹とある。

 早速検索してみたら、元アイドルグループ「ずうとるび」の一員であったひとであることがあきらかになった。

 ウィキペディアの「ずうとるび」の項目によると、

 1957年9月19日生まれ。血液型A型。ベースギター&リードボーカル担当。グループ名がビートルズのパロディということからか、ポールマッカートニーばりに左利きでベースを構えていた姿が印象的。また、マンガやイラストが得意で、実際にコミック雑誌「デュオ」に読み切りマンガを掲載したこともある。アメリカへ留学の為に芸能活動休止、これを機にグループも解散した。帰国後は放送作家として「全国高等学校クイズ選手権」「マジカル頭脳パワー」などの人気番組の構成を担当。「お笑いマンガ道場」では構成を担当するとともに自身も何度かゲスト出演していた。また、文化放送アニメ&ゲームゾーン創成期に様々な番組を手がけて同枠の定着に功績を残した。2009年3月まで、日本テレビ系お昼の人気番組おもいッきりイイ!!テレビに出演していた。

 という経歴のもち主である。

 ゴールデンタイムの人気番組を手がけていたひとが、「〝そこ〟には何も燃えるものを感じられな」り、一紙芝居師として新たな人生を歩みはじめる、そんなことがありえるのですねえ。まるでドラマじゃないですか。

 おそらく、周囲のひとは反対しただろうし、また、収入は激減することになるだろう。それでも、今村さんは自分の人生を自分で選んだ。事情を知らないので軽々しいことはいえないが、凄いなあ、と思ってしまう。

 世の中、金でも名誉でもない、生きがいがある人生を送ることの方がずっと大切だ、と、そう、口にすることはたやすいが、じっさいにその言葉を実人生で実践するとなると、そう簡単なことじゃない。

 しかし、現実にそういう人生を選んだひとがいるのだ。そのことがとても印象深く思えたので、こうして記事にしてみた。うーん、人間って、おもしろい。

 何より、テレビというメディアの最前線で活躍していたひとが、紙芝居という古いメディアに可能性を見出したということは、色々と意味深だ。

 最近、ファミコンとかPCエンジンの古いゲームを遊んでいるもので、メディアのあいだに優劣はあるのかという問題を考えてしまうんだけれど、どうも、単純に優劣をつけることはできないみたい。

 百億円かけた大作映画よりも、目の前で演じられる紙芝居の方がおもしろいということはありえるわけだからなあ。テレビより映画よりゲームより紙芝居、ということもありえるのだろう。

 それにしても、いくらでも書く場所はあるだろうに、一般の投稿欄に出すというところが良いね。記者会見開いたっていいくらいの立場だろうに。