『猫目石』。


 折りたたみ。
 注意!

 以下の文章には栗本薫猫目石』にかんする重大なネタバレが含まれています。うっかり読んでしまうと人生における大きな楽しみがひとつ減る可能性があります。ご注意ください。なお、ぼくの一存で一部を隠してあります。

 いつも楽しみに拝見させて頂いております。

 この度、栗本薫追悼ラジオで紹介されていた『猫目石』を読みました。

 あえて一言で表すなら、「儚さ」と「危うさ」に溢れた物語だったなぁという印象です。

 私は基本的にミステリ読みですので、正直、その驚きやどんでん返しを期待して(ラジオでの語り方から、おそらく違うだろうという感じはありましたが)いたのですが、そんな考えは早いうちに吹き飛び、引き込まれてしまいました。

 恋愛物は読み慣れておらず、私ならこんな子は好きにならないだろうと感じるにも関わらず、薫くんに問答無用で感情移入(一人称であるという以上に)させられていく筆致は、さすがの一言です。

 薫くんと麻衣子のそれぞれに感じる危うさ、「この恋は成就しないだろう」という確信めいた印象のもと、いやそれだけでは説明のつかない、何とも表し難いようなモヤモヤを終始、感じながら読み進め、そして、あのエピローグです。

 ラジオで散々脅されていたので、「もしかしたら死別もあり得るかもしれない」という予想はあったのですが、それにしても、まさか…まさか、あんな偶発的な、理不尽ともいえる結末だなんて!

 あの晩は、睡眠時間を削って読んだこともあり、そのまま失意のうちに寝てしまいました。

 そして夢を見ました。

 薫くんが完全な創作としてこの小説を書いている場面、果ては麻衣子が「悲劇のヒロインを演じます」という記者会見を行っている場面。

 いつもは見た夢など覚えていないのに、、よほどその時は受け入れられなかったようです。

 たまらず飛び起きて、何度も読み返しました。

 始めは「どこか誤読していないか、裏の意味はないか」と必死だったのですが、そのうち栗本薫の情緒溢れる美しい文章が心に沁みてきて、ガラにもなく涙が溢れました。

 薫くんが感じた悲しみと、薫くんが「彼女は不幸ではなかった」と言っていても、決して満たされていたとはいえない麻衣子の短い生涯を想うと、可哀相で、可哀相で……

 いや、彼女にはそんな哀れみは相応しくないのでしょう。

 そして、それを是とするようにも書かれてはいない。

 すでに読み終えて二日ほど経ちますが、ある種の「喪失感」が、私を捕らえて離しません。

 エピローグ前の伊集院の語りの結びと、最後の数行の文章は、この先ずっと忘れることはないでしょう。

 それにしても伊集院大介は、なんとも魅力的な人物ですね(ちょっと何でも分かりすぎとは思いますが)。

 ラジオでペトロニウスさんが仰っていた意味が良く分かった気がします。

 次は『弦の聖域』*1から順に、読み進めて行こうと思っています。

 おっと、自分語りが過ぎました、すみません。

 他にも色々と感じたものがあるのですが、このへんにしておきます。

 何が言いたかったかといえば、素晴らしい物語をご紹介いただき、ありがとう御座いました、ということです。

 追伸

 ここ最近の「物語の読み方」に関係するエントリ郡は、すばらしいです。

 私もそれらのことを肝に銘じて、出来得る限り多様な読みを見失わないように気を付けたいと思っています。

 何よりも自分自身が、物語を楽しむために。

 しかし、ブクマを見ると、あれだけ丁寧な文章にも関わらず、誤解している人がいるようでもどかしいですね。

 読みの優劣や、作品の出来・不出来そのものを問題にしているわけではないし、ましてや作者を擁護してもいないのにね。

 いや、あれはすごいですよねえ。とにかくすごいとしかいえない。『猫目石』を読んだのは既に十数年前のことですが、あの悪夢のようなエピローグのことはいまだに忘れられません。

 本格ミステリ的な意味での「最後の一撃」ではありませんが、インパクトとしてはそれに匹敵する、あるいは上回るものがあるのではないか、と思います。わずか一行で世界が崩壊する、その衝撃!

 ここ(http://d.hatena.ne.jp/kaien/20070225/p1)にも紹介文を書いているので、良ければ読んでみてください。

 ぼくは、栗本薫の全作品のなかで、この小説がいちばん広い層が楽しめるものなのではないかと考えています。逆にいうと、これがダメだというひとは、たぶん他の作品はもっと受け付けないだろうと思うのですね。

 そういう意味では、栗本薫の代表作とか、最高傑作とはいえないでしょう。栗本本人の資質、嗜好は、『絃の聖域』や『天狼星』の方により表れている。しかし、それでいて、一読、忘れがたい印象をのこす傑作です。

 いまとなっては、新たにこの小説を読むひとは少ないでしょうね。せっかくの傑作なのに、惜しい。惜しいなあ。これからも精々布教に努めることにします。

猫目石〈上〉 (角川文庫)

猫目石〈上〉 (角川文庫)

猫目石〈下〉 (角川文庫)

猫目石〈下〉 (角川文庫)

*1:海燕注。正確には『絃の聖域』。