山尾悠子を読む夜。


 ねむれぬ夜の密かな楽しみは、『山尾悠子作品集成』を紐解いて気に入りの短編を再読することだ。

 山尾悠子とは、いまを去ること三十年ほど前に活躍した、寡作の幻想作家である。特に名のしれた作家とはいえない。知るひとぞ知る、という形容がふさわしいだろう。

 しかし、その作品は、一読、心に焼きつくようなものばかり。山尾は、定命のひとの身でこの世の彼岸なる異界を垣間見ることを許された、あの数すくない幻視家の一人なのである。

 遥かな異世界を克明に描き出す、その言葉遣いの、信じがたいようなたおやかさといい、世界そのものの異形なまでの独創性といい、億を超えるひとを抱えたこの国にも二人とはいない、破格の才人といえるだろう。

 『山尾悠子作品集成』は、その山尾の作品の大半を、ただ一冊に封じ込めた、畏るべき本である。

 自然、頁数は七百頁を超え、価格は一万円に近づくわけだが、それだけの対価を支払う価値はある。殆ど奇跡のような書物だ。

 もっとも、実をいうと、ぼくはいまでも、収録作のすべてを読み終えたわけではない。

 その理由は、山尾が既に絶筆しており、いまさら新作が望めない以上、読み終えてしまうことはいかにも勿体ないように思えることが一つ。

 いまひとつは、収録作のあまりの気高さ、鮮烈さのために、一気に読み進めることができないからだ。

 山尾の作品は決して晦渋ではないが、しかし、気ままに読み捨てることができるようなものでは全くない。

 その名も輝くような「蝕」の、「遠近法」の、「パラス・アテネ」の、あのふしぎな世界に分け入るためには、それなりの精神の力を必要とする。

 山尾の作品が、少数の、しかし熱狂的な信者の愛するところに留まっているのは、そのせいだろう。

 その、この世に無二の幻想世界を愛好するのは、おそらくは高々数千人というところだと思われる。あるいは、もっと少ないかもしれない。

 その数すくない愛読者の一人であることを誇りに思いつつ、今夜も「黒金」に、「ファンタジア領」に視線を滑らせる。

 ぼくの至福の時間である。

山尾悠子作品集成

山尾悠子作品集成