日本禁煙学界の錯誤。

 海燕さん、こんにちは。

 昨日、不躾なメールを送ったkogonilと申します。

 応答いただいて、ありがとうございます。

>送られてくるメールに受動的に対応しているだけなので

 ほんとうに、すみません。

 私も、「物語」を堪能するエントリーをこそ楽しんでいるので、これで最後にします。

 海燕さんの論点は了解しているつもりです。

 前回の趣旨は、海燕さんの主張するポイントと、それに反論する人の主張したいポイントが異なっているよね、ということでした。それぞれの意見のポイントを切り分けたうえで、私は海燕さんに異論があるわけではありません。

 そのうえで、前回の私の見解は、「喫煙者弾圧は容認」というよりも、非喫煙者が不快であることを主張するのは喫煙者も受け入れるべきなんじゃないの?というところに力点があります。

 「タバコすう奴なんか死んでしまえ!」とか言われると勘弁してくれですが、喫煙者の側から言うのもなんですけど、「私のまわりで吸わないで」ぐらいは了解すべきだ、というものです。

 海燕さんが主張したい点と、どんどんズレていってしまって恐縮ですが、愚行権を主張するにも他者に寛容な社会のあり方を議論するにも、こと喫煙の問題については(←ここ限定で、ってのは強調です)、私は全体のバランスとして、まだまだ非喫煙者側の不利益が大きいと判断している、ということです。駅のホームでタバコが吸えないことぐらい我慢しようよ、と。

 以上、自分の立場をもう少し明らかにしたところで、これにて失礼します。

 趣味としては鬼畜系が好みであることを告白しつつ、お邪魔したことを申し訳なく思っています。

 では。

 メールありがとうございます。

 ぼくの書き方が悪かったのかもしれませんが、メールをいただくことが迷惑だというわけでは決してありません。これからも気が向いたら送ってきてください。

 ただ、何分、ぼくは一人ですから、複数の方のメールに誠意ある対応を行うことはむずかしいものがあります。詳細なレスを付けられなくてもご容赦いただけると助かります。

 さて、タバコの件ですが、ぼくも、多少喫煙者が肩身の狭い思いをするくらいのことは仕方ないと思います。その上で、「タバコすう奴なんか死んでしまえ!」の方を問題にしているわけです。どうやら、おたがいの意見に違いはないようですね。

 行き過ぎた禁煙活動の一例として、たとえば、日本禁煙学界が、タバコを吸う場面がある映画や漫画に抗議を送りつけるという行動を行っていることを挙げられます。

 フィクションのなかにすらタバコが出てくることを許さない、この態度の根源にあるものは何なのか? 気になって仕方ありません。