連載漫画のギア。

 ただし、こういった話において「ハヤテのごとく!」には大きな問題がつきまといます。それはすなわち、「『ハヤテのごとく!』という物語は、一体何がメインストーリーなのか?」ということです。ハヤテのごとく!という作品は、読者のほとんどが共有できるこれという主題が欠けているのです。

(中略)

 そのマンガの―――その物語の主題が何か。それは作品すべてを通して読み取っていくものではあります。ですが、雑誌に定期的に連載される媒体であるマンガにおいては、ある程度明確にしておく必要があるとあたしは思います。必ずしもわかりやすさがすべてではありませんし、物語の主題だけがマンガの魅力ではもちろんありませんが、主題がある程度明確になってくる―――主人公の目的が明確化されている方が、その後の展開が多様であっても、そこがぶれなければその多様さを受け入れやすいからです。

 それはありますね。

 きよさんが「主題」「メインストーリー」と呼んでいるものを、ぼくは「話の本筋」と呼んでいるんだけれど、この「本筋」が見えなくなった状態を「物語が迷走している」と表現できると思う。

 連載漫画はしばしば迷走する。その理由は「無理なひき延ばし」だったり、「無茶なてこ入れ」だったり、「プロットの設計ミス」だったりと様々だろうが、とにかく「本筋」が見えなくなると、読者は混乱し、果ては退屈しだす。

 もちろん、本筋などなくても、そのとき語られている話がおもしろければそれでいい、という考え方もあると思う。

 でも、それは、アドリブで芸を続けているようなもので、なかなか長期間は続かない。何十巻と続く連載にはどうしても明快な本筋の設計が必要になる(『こち亀』『美味しんぼ』のような一話完結型の作品は除く)。

 ただ、本筋がぶれなければそれで十分なのかというと、そうではない、と思う。いくら本筋が明確であっても、それがなかなか語られないようだと、やはり読者は欲求不満に陥る。

 ぼくたちは良く「この作品は、最近、物語が進んでいない」といういい方をする。それでは、「物語が進む」とは、具体的にどういうことを指しているのか。それは物語の本筋が進展することを意味しているのではないだろうか。

 だから、本筋が停滞していると、いくら波乱万丈の展開が繰りひろげられても、「物語が進んでいない」と感じる。

 たとえば、『絶対可憐チルドレン』。この作品の本筋は明快である。しかし、それはめったに進展しない。大抵、「脇筋」のどたばた劇をやっていて、時々、思い出したように本筋を進める。

 これがね、読んでいるぼくとしては、「もっと本筋を進めてくれないかな〜」と思わされるんだよね。

 いや、『絶チル』が特別なわけじゃない。たとえば、『ベルセルク』や『ONE PIECE』を読んでいても、「バトルはいいから本筋を進めてくれよ」と思うことはある。

 本筋を進める速度を上げることを、きよさんの言葉をもらって「物語のギアを変える」ということにしよう。

 物語のギアが上がることは読者にとって快感である。ネットで、最近の『ONE PIECE』の評価が高いのは、ギアが上がったからだと思う。

 もちろん、常にトップギアが正しいわけではないが、「もう少しギアを上げてもいいよな」という漫画はいくつかある。

 あの漫画や、あの漫画も、もう少し本筋を進めてもばちはあたらないような。