なぜ漫画は完結しなければならないのか。

 ていうか僕も最終巻読まなきゃ! うーむ、こういう出るペース早くて巻数の多い長編少女漫画や少年漫画は置き場所に困るのでなるべく買わず連載や漫喫で済ませて、単行本を定期購読するのは出るペースの遅い青年向け漫画という方針なのだけれど……これは例外に数えちゃって今から全巻揃えようかなあ。既に我慢しきれず買っちゃったやつが歯抜けで何巻か転がっているし。

 うん、漫画は置く場所に困るよね。

 そもそも書籍一般がやたらに場所をくうものだけれど、なかでも長編漫画は特に広い空間を必要とする。いうまでもない、巻数が多いからだ。

 昨今、二○巻、三○巻の大長編はめずらしくもない。むしろ、ヒット作であれば、ひと桁で終わる作品の方が少ないくらい。

 こういう状況では、敷居さんのように、「置き場所に困るのでなるべく買わず連載や漫喫で済ませ」るひとは増える一方だろう。

 単行本を買ってもらわなければ出版社の利益は大きくならないわけだが、しかしそれも安易に大長編漫画を増やしすぎた出版社の自業自得、と、これは、竹熊健太郎さんが常々述べておられること。

 それでも、既に完結している作品はまだいい。それ以上、巻数が増える心配はないのだから。より問題が大きいのは、未完の作品である。

 ぼくたち消費者にとって、まだ完結していない漫画を買いはじめることは、大げさにいえば、行き先のわからない旅に出るようなものだ。

 その作品が次巻で終わるのか、それとも三十巻、五十巻と続いていくのか、その時点ではだれにもわからない。作者当人にすらわからないかもしれない。

 だから、その作品と何十巻と付き合う、つまり何十冊もの本を置く場所を確保する覚悟なくしては第一巻を買うことはできない。

 『はじめの一歩』の第一巻をリアルタイムで買ったひとは、それが六○巻、八○巻と続いていくことを想像していただろうか。まさか。

 しかし、いま新作を買う読者は、そういうことも十分ありえると意識せずにはいられないだろう。現実に、いつまで経っても終わる気配を見せない漫画が乱立しているのだから。

 こういう現状は、消費者の購入動機にブレーキをかけている可能性があると思う。大長編漫画の乱立は、何年か継続して買いつづければその作品が完結する瞬間を見ることができる、という信頼を削いでいるのではないか。

 読者にとって、物語の大団円を見届けることは、それ以上その作品を読むことができなくなるという哀しみはあるにせよ、大きな喜びである。その瞬間を見届けるためにこそ漫画を読んでいる、というひともいるだろう。

 一方、作家や出版社にとって、作品の完結は、その作品が継続して生み出してくれた利益が途絶えることを意味する。同じ出来事が消費者と販売者にとり、別の意味をもつ。

 だからこそ、こうして大長編が乱立することになったのだと思う。しかし、それが、長期的に見れば、読者の購入意欲を削いでいるかもしれないという問題は、無視されるべきではないのではないか。

 長々と連載が続いたあげく、人気が衰えて打ち切られる作品など、ある意味、最悪である。その作品そのものは利益を絞りつくしているかもしれないが、読者の漫画に対する信頼を削ぎ、「次」に悪影響を与える。

 漫画は完結しなければならない。それも可能な限り綺麗なかたちで終わることが望ましい。それは、その作品そのもののためというよりは、その作品に連なる「次」のためにそうなのである。