あかほりさとるの例の本を読んだよ。


 初めにいっておく。

 ぼくはあかほりさとるをそれなりに評価している。尊敬しているといってもいい。

 何といっても、彼はじっさいに作家として成功している。他にどんな欠点があるとしても、彼が書いた脚本や、小説が、多くのひとを楽しませたことは疑いようがない。その一点だけでも、あかほりさとるは偉いと思う。

 ぼく自身、彼の本を何冊か読んでいる。彼が飲み干したドンペリの一滴くらいは、ぼくが使ったお金で支払われているかもしれない。

 長々と、いわずもがなのことを記したのは、以下に書くことは彼を嫌いだからいうわけではないとわかってほしいからである。

 いや、ほんと、あかほりさんのことを声高に非難するつもりはないんだよ。でもなあ。この本はないよなあ。

アフタヌーン新書 005 オタク成金

アフタヌーン新書 005 オタク成金

 この本はない。

 これから読むひとのために記しておくと、本書は、あかほりさとるの書き下ろしではない。語り下ろしである。

 あかほりさとるが語った言葉を天野由貴という人物が文章に直したものらしい。

 で、この天野さんを、ぼくは、買わない。本書の欠点は大半彼女に起因するのではないか、と思っている。

 ま、オタクにかんする諸々はいい。

 たとえば、

 オタクの日常的な口癖のひとつに「一般ピープル」「愚民ども」というのがあるのだが、要するに自分以外は全部バカ。そう思っているのが、オーソドックスなオタクらしい。なんて失礼な生き物。

 とか、

 ところが今は、「ラノベが最高の文学である!」なんて不気味なことを言い出すオタクがいるというから驚いてしまう。オタクの中には、あかほりが行った、擬音を多用し行間をスカスカにするという所業に対して、「ラノベを低俗な漫画小説にした!」と激怒する者もいるようで……。

 といった、「ほんとにそんなオタクいるのか?」としかいいようがない文章は、ま、仕方ない。ある種、このひとの芸風なのだろう。

 余談だが、あとがきに、

 それから、オタク作家の本田透さん。
ガンダムも知らん一般人に、あかほりさとるの本が書けんのかい」
 シニカルに笑いつつも、オタク業界の仕組みについてたくさん語って聞かせてくれました。

 と書いてあるから、ここら辺のことは本田透から得た情報なのかもしれない。本田さん!

 で、ぼくが問題だと思ったのはここ(強調部分は引用者による)。

 今、日本で一番初版の発行部数が多いコミックスは、驚くなかれ……っていうより驚け、なんと二六二万部だそう。お金の話で恐縮だが、ざっと印税をはじいてみると、初版だけでなんと一億円の計算に。オタク業界の末席にいれば、あるいはそんな幸運にめぐり合える可能性もあるわけだ。

 ワンピのヒットは幸運かよ。

 Twitterでツッコミがあったので、補足しておくが、あの作品の成功に幸運の要素がなかったとはいわない。しかし、それでもなお、そこに驚異的な熱意と才能と努力がなければ、あれほどの作品は生まれ得なかったはずだ。

 べつだん漫画界、あるいはオタク業界に限った話ではないだろう。どの世界でも、頂点に上り詰める者は、それなりのことをしているものだ。

 たとえば、ぼくが、「野球界の末席にいれば、イチローのような幸運にめぐり合えるかもしれない」と言ったとしたらどうだろう。「ラッキーでイチローになれるわけないだろ」と突っ込まれるのではないか。

 もちろん、イチローにもいくらかの幸運はあっただろう。しかし、ただ幸運だけで億の金を稼ぐ男になったわけではないことは、だれでも知っている。尾田栄一郎だって同様だと思う。失礼しちゃうわ。ぷんぷん。

 さて、それでは、いまネットで話題になっている「ライトノベル業界そのものが危ない」という話はどうなのか。

 実は、正確にいうとあかほりさとるは「ライトノベル業界が危ない」といっているのではない。「このままだとオタク業界はなくなる」といっているのである。しかし、ここではライトノベルに話を限ることにしよう。

 そして、

「ただ、ライトノベルの場合は、上のレーベルがないところが多いから、そこで飽きられたときに、生き延びる道が非常に少ない。ラノベから外に出て普通の小説で生きるには、桜庭一樹とか乙一みたいに何かの賞を取らなきゃいけないわけだから。(後略)」

 のような、非常に怪しげな話も無視することにしよう(でも書かずにはいられない!)。

 あかほりさとるライトノベルが衰退していくと考える理屈は以下のようなものである。

「じゃ、君はライトノベルって読むかい?」
 あかほりに聞かれて絶句した。読みません、まったく。だって、エルフとか使い魔とか騎士とか陰陽師とか生まれ変わりとか……設定見るだけで、お腹いっぱい。めんどくさそうなんだもん。
「難しくなっちゃったんだよ。
 今、ライトノベルと呼ばれている分野は、ある程度の共通言語がわからないと、理解できなくなっちゃった。せいぜい『ハリー・ポッター』がわかるとギリギリわかるかなと。SF化が進んで、一部の人間しか読まない分野になりつつある」

 いやいやいやいや。

 陰陽師はともかく、エルフも使い魔も騎士も生まれ変わりも『ロードス島戦記』の時点で出て来るじゃん。エルフや使い魔が出て来る小説がむずかしいとしたら、ライトノベルは初めからむずかしかったことになるじゃん。そもそも、あかほりさとるの小説だって、そういう意味では「むずかしい」じゃん。

 ここらへん、あかほりさとるの話に無理があるのか、天野由貴による脚色が混じっているのか判然としないが、とにかく、この理屈では納得できない。

 もっとも、あかほりさとるの主張がすべて間違えているとは思わない。たしかに、大衆向けをめざすことは大切だし、このまま何も考えずにいていいわけではないだろう。ただ、その主張を支えるロジックの部分が、根拠薄弱なのである。

 そういうわけで、ライトノベル畑のひとは無理に読まなくてもいいよ。あかほりさとる個人に興味があるひとは買ってもいいけれど、それ以外のひとは立ち読みで十分。

 おれのしかばねを超えずに引き返せ。