取り返し不可能な欠如というものを目の前に突きつけられてわれわれは、どうしようもなく、無力さにただうなだれるしかない。ただ、そのうなだれることこそ最も人間らしいありようであると言いたがる人たちがいて、それは「胡散臭さ」のような人間の不完全性を愛でる嗜好と結びついている。
ぼくが落語が好きな人をあまり信用していないのも、彼らがまさに「落語は不完全な人間のありようを生き生きと描いて〜」などと言い出しかねないからだ。人の醜さ、人間の業みたいなものをまるごと肯定するのが落語なんだ、と落語家、あるいは落語好きはよく言う。でも、そういった落語の持ち上げはたいてい、上で述べたようなオリエンタリズムな視線と「起きてることは全て正しい」的な薄っぺらい人生訓のグロテスクなミックスでしかないといつも思う。
興味深い。
ただ、ぼくは落語も好きだし、立川談志も好きだから、むろん異論はある。
そもそも、ぼくは、落語だけではなく、人間の弱さ、愚かさ、悲しみといったものを綴った物語が全般に好きだ。そういう意味では、id:hokusyuさんがいうところの、信用できない人間の一人であるのかもしれない。
しかし、反省しようとは思わない。なぜか。ぼくは、どうしようもない欠如を前にして、無力さにうなだれること「こそ」最も人間らしいありようである、とは思わないが、それ「もまた」ひとつの人間性のあり方である、とは考えるからである。
ある過酷な現実を目前にして、どのようにふるまうかはひとによって異なっている。
リングの中央、強烈な一撃をくらってたおれたジョーに声援が飛ぶ。「立て! 立つんだ、ジョー!」。そしてジョーは立ち上がる。しかし、そこで立ち上がれないひともいるはずではないか。
あるいは試合中、敗北を前にして心折れかけていた三井寿は声をかけられる。「あきらめたらそこで試合終了ですよ」。かれは奮起し、奇跡の逆転シュートを決める。しかし、そこであきらめてしまう選手もいるはずだろう。
そして、そういう人びともまた人間だと思うのだ。
勝負をあきらめることが正しいのだ、それこそ人間的なのだ、といいたいわけではない。ただ、現実にあきらめてしまう人間はいるではないか、といっているのである。正しくなくても、そうあるべきでなくても、いるものはいる。
その種の心弱い人びとは、少年漫画の主人公にはなれない。ただ、かれらを主役にする物語もある。たとえば、落語である。落語は心弱い人びとをこそ語る。
少年漫画と落語と、どちらがどう優れているか、という議論には興味がない。役割分担の問題に過ぎないと思う。ひとの強さ気高さを語る物語もあれば、弱さ悲しさを描く物語もある。それでいいではないか。
むろん、個人の嗜好として、好き嫌いはあるだろう。やはり少年漫画は暑苦しくていけない、というひともいれば、落語のような軟弱な話は好きになれない、というひともいるはずだ。それについては、何の文句もない。
ぼくは少年漫画も好きだし、落語も好きだ。『SWAN SONG』も好きだし、『らくえん』も好きだ。それぞれがそれぞれに貴重だと思う。
どんな過酷な試練を前にしてもあきらめず立ち上がる人びとをヒーローと呼ぶ。しかし、この世はヒーローだけで出来ているわけではない。
あきらめて試合終了したあとも、人生は長々と続いていく。それもまた、ひとつの物語である。
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