レクイエム。

グラン・トリノ [DVD]

グラン・トリノ [DVD]

『社会的な価値観』がある そして『男の価値』がある 昔は一致していたがその『2つ』は現代では必ずしも一致はしてない 『男』と『社会』はかなりズレた価値観になっている………

 クリント・イーストウッド監督の最新作『グラン・トリノ』を観て来た。

 イーストウッドはこの作品で主役を兼任し、妻に先立たれた頑迷な老人ウォルトを見事に演じきってる。

 映画の舞台はデトロイト。以前は自動車産業で栄えたものの、いまでは衰退し、荒廃してしまった都市だ。

 この町で孤独なひとり暮らしを送るウォルトの慰めは、彼自身が製作にたずさわった愛車グラン・トリノ

 ところが、ある日、隣家に住むモン族の少年がそのグラン・トリノを盗みに入る。ウォルトは少年を撃退するものの、この事件を契機に彼と親しくなる。

 そして、五十も年が離れた老人と少年の間に、次第に男同士の友情が育っていく。

 しかし、と、これ以上は書けない。ぜひ劇場で観て来てほしい。その価値は十分にあると断定させていただく。

 物語の背景にあるものは、変わり行くアメリカの姿だ。

 いま米国社会は、独立戦争を「第一革命」とするなら、「アメリカ第二革命」とまで言える、真の意味での多民族社会へと向かう変動の中にある。アメリカは「白人の国」あるいは「白人と黒人の国」という正確をしだいに薄めており、政治の側も、その現実を無視できず、民主党共和党も、「人種的・民族的多様性(diversity)は良いことなのだ」という主張を打ち出している。

『「正義の国」の日本人』

 デトロイトもその「第二革命」の渦中にあり、町を歩けば、白人より有色人種の方が目立つ。

 古い時代の白人男性の典型のようなウォルトはそのことに苛立ちを募らせるが、時代はかれを置いて変わっていく。そこでウォルトはモン族の少年にアメリカの男としての生き方を教え込む。

 人種偏見のかたまりのようなウォルトが、この少年に実の息子以上の愛情を注ぎ込むようになるくだりは胸を打つ。

 ウォルトは社会の歯車とずれてしまった男だ。教会の神父に対してすら辛らつな毒舌を弄せずにいられない彼は、家族とのあいだにみぞを感じている。もう、社会には、ウォルトのような筋金入りの男が生きていける場所はないのだ。

 それなら、どうすればいいのか。人生の最終局面において、男がやるべき仕事とは何か。ウォルトが導き出す結論は、いまのアメリカに対する痛烈な批判ともなっている。

 既に各所で指摘されている通り、ウォルトが愛するグラン・トリノは古き良きアメリカ文化の象徴だ。変わり果てたデトロイトで、その車だけは時が止まったようにぴかぴかとうつくしく光り輝いている。

 しかし、世に変わらないものはない。アメリカもデトロイトも、時を経て変わっていく。この映画は古き時代のアメリカにささげる、痛切な、それでいて何とも爽やかな鎮魂歌なのだ。