『もうすぐ』。

もうすぐ

もうすぐ

 読んでいる。

 巧い。巧いなあ。しばらく読まずにいたら、そのあいだにまた巧くなっている。

 どこからどこまで澄み切った文体がかもし出す、この、途方もない静けさ。おそらく、いまの日本でも何本かの指に入る書き手だろう。

 それにしても、橋本紡のような作家の作品を読むとつくづく思うのだけれど、小説を読むとは、畢竟、その文体を味わうということだ。

 あたりまえのことだが、文体の味わい方を覚えると、小説の楽しさは格段に違ってくる。ただ何となく文字を追いかけるのと、その作家固有の音色に耳を澄ませながら読み進めるのとでは、同じ本を読むにしても、その深みがまるで違うのである。

 文体などどうでもいい、というひともいる。ただ物語を楽しみたいだけなのだ、と。

 しかし、それはやはりあまりに勿体ない言い草に思える。

 音楽を、ただその歌詞だけを味わうために聴くひとがいるだろうか。もしいるとしたら、やはり、そのひとは音楽を十全に楽しんでいないことになるだろう。

 小説も同様である。あるいは激しく、あるいは優しい、そういう文体の妙を味わいつくしてこそ、本当に「読んだ」といえるのではないか。

 あしたには読み終わる予定。