ジブリは山羊に愛がない。

とっぴんぱらりのぷぅ

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 田中芳樹が対談形式で贈るブックガイド。さすがの博識が活かされ、なかなか読み応えがある本に仕上がっている。巻末に掲載されているブックデータは圧巻。

 今回取り上げるのは久美沙織との対談である。「男性作家が書く女性人物についてどう思うか」という問いに対して、久美はこう答えている。

久美 いやあのですね、憧れがあるのと、本当に愛があるのと、関心があるのと、微妙に違うと思うんですよ。
 ジブリの話ばっかりして申し訳ないんですけど、あんっっっだけ! 戦闘機とかに愛があるのに、山羊に上の歯を描いたりするわけです。山羊って上の歯ないのに。

田中 ああ、なるほど(笑)。作り手の人たちも、そこまでは観察してないわけですね。

久美 『もののけ姫』とか、山ほど動物が出てくるんだから、動物スタッフつければいいのに。背景とかあんなにがんばってるのに。でもだから、その人の関心がほんとに向いてるところってのがあるんですね。「どう見てもそれ、狼じゃない」けど多くの人が違和感を感じない。だから男性作家が描くべき女性、っていうのがあるのかもしれません。それは女性作家には書けない。ジブリの動物みたいに(笑)。

 なるほどなあ。山羊には上の歯がない、そんなこと、いわれてみなければ気づかないよね。おそらく、監督やその部分を担当したスタッフにしてみれば、どうでもいいことだったのだろう。

 一方、たとえば戦闘機にかんして微に入り細を穿つ描写を行うのは、「そこに愛があるから」。山羊に対しては「愛」がないんでしょうねえ。

 もちろん、ジブリだけの話ではないだろう。むしろジブリですらそうなのだ、と考えるべきかもしれない。

 どんな作家でも「愛」がある対象にかんしては自然、詳しく描くことになる。一方、「愛」がない対象はいいかげんな描写で済ませてしまったりする。

 すべての描写を均一に丁寧に行うべきだ、という意見もあるだろう。正しい意見だと思う。しかし、それはあくまで理想論であって、現実にはなかなかそういうふうには行かないのではないか。

 また、消費者の側の「愛」もひとりひとり異なっていて、この場合だと、久美は山羊に「愛」があるから「山羊には上の歯がないのに!」と気づいたわけである。

 製作者と消費者の「愛」が巧く同じ方向を向いていればいいのだが、そうでない場合、違和感がのこることになったりするのだろう。なるほど、なるほど。

 田中芳樹の作品でいえば、『銀英伝』で「愛」があったのは英雄群像の人物像であって、戦闘機とか軍艦とかには露骨に「愛」がない。『銀英伝』にそういうものを求めてはいけないわけです。

 しかし、そういうところに「愛」があるひと、つまりマニアですね、そういうひともいて、「この描写がおかしい!」と言い出したりする。

 その通りなのかもしれないけれど、それは「山羊の上の歯」なんだよね。作者はどうでもいいと思っているポイントであるわけ。

 ある分野に非常にくわしいマニアの作品批評が必ずしもあてにならないのは、ここに理由がある。自分が「愛」があるポイントのミスを針小棒大に取り上げてしまったりする。マニアであるからこそ、そうなってしまうわけです。

 ある作品を取り上げるとき、「山羊の上の歯」ばかりに注目してしまうのは、あまり良いこととはいえないのではないだろうか。やっぱりある程度は作者の意図を汲む必要もあるんじゃないかと。

 もちろん、作者に「愛」がないからミスが許される、というものではないだろう。でも「山羊の上の歯」にすぎないものを針小棒大に取り上げるやり口は優れた批評とはいえないのではないか、と思う。

 「山羊の上の歯」。おもしろい概念だ。憶えておこう。

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