漫画で学ぶリスクマネジメント。


 もしいま、頭上の空を流れ星が横切ったなら、ぼくはこのようにお願いすると思う。どうか、どうか、『ベイビーステップ』が打ち切られませんように!

ベイビーステップ(1) (講談社コミックス)

ベイビーステップ(1) (講談社コミックス)

 勝木光ベイビーステップ』は『少年マガジン』連載中のテニス漫画である。その内容をひと言で表すなら、地味。ふた言めを付け加えるなら、丁寧。

 とにかく地味だが丁寧な内容で、いま、一部の漫画好きの注目を集めている。具体的にいうと、はしさん(id:hasidream)とかきよさん(id:kiyolive)とかぼくとか。

 いや、ほんとにおもしろいんだって。そういうわけで、以下ではこの作品がいかにおもしろいのか説明してみようと思う。

 この作品の主人公は丸尾栄一郎。通称「エーちゃん」。あだ名の由来は成績は小学校から9年間オールAであることから。しかし天才的な頭脳のもち主というよりは、努力型の秀才少年である。

 少年漫画の主人公に、破壊的な天才ではなく、地味な優等生を主人公に持ってきた点がこの作品のユニークさだといえるだろう。

 物語は、高校一年生にしてようやくテニスに目ざめた栄一郎が、様々なライバルたちと切磋琢磨しながら、徐々に、しかし確実に成長していくさまを描いていく。

 この「徐々に、しかし確実に」というところが眼目で、決して天才ではない栄一郎は一足飛びに進歩することはできない。ただ、それでも少しずつ少しずつ、着実に成長していく。

 そして、やがてはライバルの天才たちをも脅かす存在となる――かもしれない、というところまで、いま、連載は来ている。

 で、ぼく的にはこの漫画、『バクマン。』辺りと同じカテゴリに属しているんだよね。

バクマン。 1 (ジャンプコミックス)

バクマン。 1 (ジャンプコミックス)

 テニス漫画とマンガ漫画(?)を比較することは突拍子もなく思えるかもしれないが、両者には計算型の秀才少年を主人公にしているという共通点がある。

 つまり、両作品とも「天才ではない人間が天才に立ち向かうにはどうすればいいか」というテーマを扱っているといえるのである。

 ぼくは、この時代にこういう作品が登場することは必然だと思う。ぼくたちはいま、高度情報化社会に住んでいる。つまり、過剰なまでに「先の見通しが利く」状況に生きているということである。

 こういう社会では、自分の未来を無謀に信じ込むことはできない。ほとんどのひとがそれほど可能性にあふれていない自分を幼くして意識せずにはいられないのである。

 だれもが「人間には才能という初期条件における格差が存在する」というどうしようもない現実を意識せずにはいられない社会。こういう社会では、フィクションもまた、ただ「ただしゃにむに努力すれば道は拓ける」という物語は発信しにくいのだと思う。

 『ベイビーステップ』にしろ、『バクマン。』にしろ、そういう状況下で、「それでもなお」前向きに夢をめざす人間を描いた作品だ。

 この世は平等ではない、あらかじめ才能という格差が存在している、その事実をかみ締めた上で、それでも何とか方法を見つけようとすること、それが『ベイビーステップ』や『バクマン。』のやっていることだ。

 つまり、『ベイビーステップ』で栄一郎がたたかっているあいては、本当は個々のライバルではなく、「初期条件に格差が存在する」という「この世界のシステムそのもの」だと思うのだ。

 『神のみぞ知るセカイ』的に「現実はクソゲーだ」というのなら、『バクマン。』も『ベイビーステップ』も、そのクソゲークソゲーと知りながらそれでも攻略しようとする少年たちの物語だということができるだろう。

 この現実というゲームは、バランス設定がめちゃくちゃだ。あるひとは生まれつきすべてを与えられて生まれ、またあるひとは他者があたりまえにもっているものすら与えられずに生まれてくる。

 そういう「不条理な現実」を前に、ふてくされてしゃがみこんで他人を妬むのではなく、何とかして立ち向かっていこうとする、そのスピリットが『ベイビーステップ』にはあふれている。

 では、具体的にはどのように「何とか」しているのか。この作品では、その方法論のひとつとして「リスクマネジメント」が浮かび上がってきている。

 このことにかんしてははしさんがおもしろい記事を書いているので、長くなるが引用しよう。はしさんによると、『ベイビーステップ』には「リスクチャレンジ精神」ともいうべき精神が存在するという。

 この価値観をスポーツに適用したのが、マガジンで連載中の『ベイビーステップ』。あれも「安全確実な道を選び続ける限界」に気づいて、勝つためのリスクチャレンジに打って出る話ですよね。

 主人公の丸尾くんこと「エーちゃん」は、ノートを付けてすべての試合のデータを管理し、なるべく確実な手段で試合を戦ってきました。しかし、同じテニスクラブの宮川くんと戦い、「このままのやり方で戦っていても絶対に勝てない!」と自覚します。(このままではフェイト・アーウェルンクスと戦っても勝てない!とネギが感じたのと、まったく同じ。)

 その上で、宮川くんのサーブを一発で返して勝利するプランを立てます。もちろん「宮川くんがもっとも撃つ確率が高いであろうコース」に前もって入るという「リスクチャレンジ成功の見込み」があってこその話。

 しかし、エーちゃんは一度このリスクチャレンジに失敗します(笑)。

 そう。リスクを冒すとは当たり前ながら『必ずしも成功するとは限らない』ということです。その失敗を覚悟した上で!なおかつチャレンジするんですから、責任はすべて自分にあります。自分が選択したことですからね。「リスクチャレンジに失敗した光景」を垣間見ることができるわけです。

 しかしエーちゃんはこの失敗で、更なる窮地に立たされるのですが「堅実なプレー」から「リスクを冒すプレー」に切り替えたことで、相手の動揺とミスを誘い、勝利することができます。副次的ではあるけれど、これも「リスクチャレンジのメリット」。「思わぬ恩恵」で勝ったことになるわけですけど、まあそれでも勝ちは勝ち(笑)。

 重要なのは、『リスクチャレンジで失敗することへの覚悟』。そして、その結果を他人になすり付ず自分で引き受ける覚悟。他作品と比較してこういうとこが見えてくるのが、面白いですね。

 勝利し成功するためには、「リスクを承知した上でなおチャレンジするスピリット」が必要だ、ということを『ベイビーステップ』は描いているのである。

 はしさんがいうように、これは決してテニスのみに通用する教訓ではない。人生のあらゆる場面においていえることである。

 そして、この段階ではただ「リスク」に「チャレンジ」することの必要性が描かれていたわけだが、いま、連載ではそこからさらに進んでより細密にリスクをコントロールする場面が描かれている。

 全国屈指の強豪と対戦することになった栄一郎は、大きなリスクを犯すことを余儀なくされる。しかし、そのリスクがあまりに高すぎる(成功の見込みが低すぎる)と感じたかれは、適度なリスクを求めて試行錯誤しはじめるのである。

 ここには、読者がこの社会を生き抜くにあたって非常に参考になる教訓が秘められていると思う。そういう意味では、『ベイビーステップ』は「人生の教科書」として読める作品である。

 そういうわけで、『ベイビーステップ』、非常におもしろい作品だ。単行本もまだ6冊しか出ていないし、いまが買い時だと思う。

 この地味な佳作を埋もれさせないために、いま、あなたの力が必要です。ぜひ購入して読んでください。おもしろいんだってば。