『Love me more』第12話。


 第12話です。原稿用紙一○○枚超えました(笑)。どこまで続くのやら……。今回は幕間なので短いです。


12.幕間

 雨が降っていた。一月の冷たい雨。その雨に打たれて、からだの芯まで冷やしながら、椎はひとり、街を歩いていた。道往く人々の話し声、行き過ぎる自動車の騒音、店先から流れるポップ・ミュージック。街は喧騒には事欠かないが、かれの耳には入っていなかった。椎の耳の奥では、別れ際に敷居がもらした言葉が延々とくり返していた。
(信じろ、椎)
(椎子のことは切っ掛けに過ぎない)
(いま、おれはお前のことを愛し――)
 愛している、と、そうかれはいおうとしていたのだろうか。椎は自らその言葉を打ち切ったのだった。
 その言葉を信じることは、かれの人並みはずれて高いプライドが許さなかった。敷居住人は、かれを、ほかならぬかれを、道ならぬ恋に落ちた自分の妹の代用として利用していたのだ。いまさら信じられようはずもなかった。
 しかし、もし、かれの言葉が真実だとしたら? 本心から椎のことを愛しているとしたら? それでも、かれは敷居を拒絶し続けるべきなのだろうか。それとも。
「また、往くところがなくなってしまったな」
 はてしなく銀の雫を垂らしつづける夜空を見上げて、呟いた。
 今日はどこで眠ろうか、と考える。街は寒い。公園ででも寝たら、そのまま凍死してしまうかもしれない。今度はだれも助けてはくれないだろう。ひとり〈王子〉のもとを飛び出し、自由に生きることを求めたあげくが、この体たらくだと思うと、心底情けなかった。
 そうかといって、もう〈敷居邸〉には戻る気になれない。いったい自分はどこへ往けばいいのだろう――。
 と、物思いに耽る椎の肩に、だれかの手が触れた。反射的に払いのけて、振り返る。敷居が追いかけてきたのか、と思ったのは、かれの立場ならば無理もないことだっただろう。しかし、そこに見出したのは、見知らぬ顔だった。軽薄そうな顔立ちに薄っぺらな笑顔を貼りつけた、遊び人ふうの男。
「よ、少年。行く場所ないんだろう? お兄さんと遊ばない?」
 椎は舌打ちした。一瞬でも、敷居が追いかけてきたのか、と期待した自分が許せなかった。
「失せろ」
 椎が冷たく拒絶すると、男は口笛を吹いた。所作のひとつひとつが、妙にわざとらしく、癇に障る男だった。
「冷たいなあ。どうせ今日泊まるところもないんでしょ? ね、美味しいもの食べさせてあげるからさ。いっしょにおいでよ」
「失せろ、といっている。お前に心配してもらう理由はない」
「うわ、偉そうだなあ。女王様みたいだ。敷居さんにもそういう態度を取っていたのかい? あのひとがよく我慢したもんだ。愛は盲目ってことかな?」
「敷居を、知っているのか?」
 驚いて、椎が問うと、男はまたもわざとらしく、顔の前で指先を振ってみせた。
「もちろん、知っているさ。敷居さんもおれのことを知っているよ。おれはタイトク。もちろん本名じゃないけれど、ここら辺じゃタイトクって呼ばれているんだ。ねえ、少年、おれとおいでよ。楽しいところに連れて行ってあげるからさ」
「敷居に捜せといわれたのか」
 全身の毛を逆立てた猫のように警戒をあらわにして、椎は問い詰めた。
「あの部屋に帰るつもりはないと、敷居にそう伝えろ。もうお前に干渉されるのはうんざりだ、とな」
「なるほど、ずいぶん気位が高いんだなあ」
 タイトクと名のった男は両手を組み、あごに人差し指をあてて考え込むポーズを作った。その軽薄そうに見えた瞳が、妖しく光った。そして、かれはごく自然に続けた。
「さすが〈スクール〉の〈エース〉だ」
 椎の全身を緊張が貫いた。なぜそのことを知っている、とそう叫ぼうとしたときだった。椎は、かれの四方を、そろって同じ柄のコートをまとった体格の良い男たちが取り囲んでいることに気づいた。
 タイトクはにやにやといやらしい笑顔を浮かべながら、平然といった。
「さあ、行こうか、〈エース〉くん。王子さまが首を長くして待っているよ」