『Love me more』第7話。


 第7話です。我ながら書くのが早いvv


7.〈はじめてのC〉

 そのウェブログのトップには「はじめてのC お試し版」と記されていた。椎が敷居のPCを用いて作り出したブログだった。
 敷居のマンションに居候することが決まったあの日以来、椎はブログ作りに熱中し、敷居のノートPCを借りてさまざまに作業するようになっていた。そして、たった二週間で、〈はじめてのC〉はネットでの注目を獲得しつつあった。驚くべきスピードである。椎のたぐいまれな才能の表れとしかいいようがなかった。
「今日はののワさんの記事を書いたのだ」
 自慢そうにかれはいう。
「ののワさんを知っているか? いま、ニコニコ動画で人気のキャラクターだ。その歴史を辿ってみた。どうだ? おもしろくないか?」
「ほう」
 敷居はざっと最新の記事に目を通した。初めはただ眺めるだけだったが、読みすすめるにつれ、次第にその目つきが真剣みを帯びていった。
 すばらしい記事だった。着眼の独創性といい、独特の文章といい、強烈なオリジナリティを感じさせる。敷居自身もののワさんを扱った記事を書いたことがある。しかし、そのオリジナリティでは、この記事に及ばなかったかもしれない。おそらく、いままでの〈はじめてのC〉のなかでも、最高傑作といっていいだろう。
「凄いな」
 全文を読み上げ、もういちど再読して、敷居は嘆息した。
「全く凄い」
「それが感想か。真面目に読め」
「真面目に読んでいる。その上で凄い、といったんだ。椎、お前にはブロガーの才能がある」
「そうか?」
 椎はうれしそうに鼻をふくらませた。そういうところは、歳相応に素直である。しかし、次の瞬間、その首は、不安そうにうなだれていた。
「かってな記事だと思わないか? 自分の好きなことばかり書いていると?」
「ブログはもともと好きなことを書くものだろう」
 敷居は苦笑した。そういう自分のブログは、すでに仕事と化していることを思ったのだ。読者の希望を探りだし、その通りの記事を書く技術において、かれは比類なかった。しかし、書きたいことを書きたいように書くことは、もはやかれには許されない。
「お前の書きたいことを書きたいように書けばいい。それで成功するも、失敗するも、お前の責任だ。自己責任で好きなことを書けるところに、ブログの良さはある。そうは思わないか」
「ああ、そうだな」
 椎は敷居の顔を覗き込み、感慨深げに呟いた。
「敷居はぼくに何も強制しないのだな。あの人とは違う……」
「あの人?」
 敷居が言葉尻を捉えると、椎はあわてて打ち消した。
「いや、何でもない。ただのひとり言だ」
「そうか」
「そういえば、〈敷居の先住民〉というブログを知っているか?」
 ごまかそうとしてか、椎は突然に話を変えた。
「ああ」
 一拍置いて敷居が頷くと、少年は誇らしげにいった。
「あのブログはぼくの目標だ。情報の素早さ、的確さ、内容の深さ、記事のタイトル、何もかも勉強になることばかりだ。世の中には凄い奴もいるものだ。お前と同じ名前で大違いだな」
「お前のほうが凄い」
 敷居は懐から煙草を取り出しながら言った。
「〈敷居の先住民〉よりお前の〈はじめてのC〉のほうが凄いよ」
 椎は呆れたように敷居を見上げた。
「わたしをばかにしているのか。〈敷居の先住民〉はアルファブロガーのなかのアルファブロガーだぞ。ぼくなどと比べ物になるはずがない。〈スクール〉でも――いや、ぼくの知っているひとも〈敷居の先住民〉のことを絶賛していた」
「たしかに〈敷居の先住民〉は有名だ」
 相半ばする自嘲と自尊心をこめて敷居は説明した。
「しかし、有名であることと質が高いことは違う。いや、おれも〈敷居の先住民〉のクオリティが低いとはいわん。ただ、〈敷居の先住民〉は他から情報を持ってきて加工するタイプのブログだ。〈はじめてのC〉のような独創性はない」
「〈王子〉は――いや、ぼくの知り合いはブログに独創性は不要だといっていた。へたに独創的な記事を書いても、荒らしを呼び寄せるだけだと。そうは思わないか?」
「思わないな。荒らしが何だというんだ? 自分の書きたいことを書けなくて何がブログだ。いくらアルファブロガーになったところで、読者の希望を叶えるだけの記事を書くようでは、むなしいだけだろう」
 ふん、と椎は皮肉な微笑を口の端にただよわせた。
「まるで現役のアルファブロガーのようなことをいうんだな。そういう台詞はアルファになってからいうがいい」
 敷居が逡巡したのは、一瞬だけだった。
「おれだ」
「え?」
「おれが〈敷居の先住民〉を運営しているといっている」
「何をいう」
 椎は、うろたえたように敷居の目を見つめた。
「ぼくをからかっているんだろう?」
 敷居は無言でPCを引き寄せ、ブログのログイン画面を呼び出すと、IDとパスワードを入力した。待っていた、というように〈敷居の先住民〉の管理画面が立ち上がる。椎は唖然としてその画面を見つめた。敷居は無言でその顔を見つめる。
「まさか、そんな」
 椎は呆気に取られたように独語した。
「本当にお前が、〈敷居の先住民〉の管理人なのか。あの、伝説の天才アルファブロガー――」
 椎は両手で顔を覆った。その指の合間からもれる眼光には、自嘲と、畏敬、そして敵意に近い光があった。一度深く呼吸すると、かれは両手を下ろし、十数センチメートルほど高いところにある敷居の顔をにらみ据えた。ひとに馴れた猫が、野生の本能を思い出したような、そんな眼差し。
「そうか、そういうことだったのか。さぞおかしかっただろうな。ぼくが稚拙なブログで喜んでいる姿は」
「椎」
「それをお前は陰で笑っていたというわけだな。何、責めているわけじゃない。すべては、ただ、ぼくが道化だったというだけのこと。お前の責任じゃない。しかし、ぼくは」
 敷居の顔から視線を外し、決然とした目で扉を見つめる。
「ぼくは、ここを出て行く。世話になったな」